モンスター&プリンセス




赤鬼は、わんわんと声を上げて泣いていた。 

目の前には一人の少女。 
黒檀のような黒い髪、雪のような白い肌。その美貌から「白雪姫」と称されたその少女。 
けれど、赤く美しかった唇は、今は色を失い暗い紫に変色していた。 
そして、その華奢な体に二つの穴が穿たれ、その周辺が赤黒く染まっていた。 
その少女は、死体だったのだ。 

何故そうなってしまったのかはわからない。 
赤鬼が見つけた時には、彼女は既に物言わぬ死体と成り果てていた。 

「かわいそうになぁ……かわいそうになぁ……誰がこんなにむごいことをなぁ……」 

まだうら若い、美しい娘だった。 
生きていれば、きっと幸せな未来があったことだろう。 

「痛がったろうなぁ、苦しがったろうなぁ……」 

赤鬼は、泣きながら何度も繰り返す。 
せめてものなぐさみにと少女の遺体を整え、野の花を摘んではそえてやった。 
しかし、そうすると花に飾られた彼女の姿はますます清らかに美しく見え、その命がもうないことがますます惜しまれるのだった。 

「こんなきれいな娘っごをなぁ……かわいそうになぁ……」 

赤鬼は、また悲しみがこみ上げてきてわんわんと泣いた。 



「ねぇ、どうなさったの?」 
たおやかな優しい声が、彼にかけられたのはその時だった。 
赤鬼は、びっくりして振り向く。 
そして、声の主を確認すると、びっくりしすぎて硬直してしまった。 

目の前に立っていたのは、一人の少女。 
それも、彼が今まさに死を悼んでいる少女と同じか、それ以上の美貌を持つ光輝かんばかりの美女だった。 
きらめく黄金の髪を複雑に結い上げて銀色の冠でまとめ、幾重にも薄布を重ねたような桜色の着物を纏っている。 
相当に身分の高い女性であるのか、首や耳には大きな宝石を綴った装飾品をつけていた。 
しかし、その豪華な衣装でさえ、彼女の美貌の前には霞んでしまいそうなほどに、何より彼女自身が美しかった。 

そして、あろうことかその美女は、赤鬼を見てにっこりと微笑んだのだった。 
「はじめまして。私の名はシンデレラ。あなたはだあれ?」 
「あ、……お、おら……名前はないけんども……そ、その……えっと……赤鬼と呼ばれてる、です」 
「まあ、赤鬼さんというのね。赤いから赤鬼さんなの?」 
シンデレラと名乗った美女は物怖じせずにそう言った。 
「そ、そう。……と、友達には、青いのがおって、青鬼と呼ばれてる、です」 
赤鬼は、気後れしつつも一生懸命答える。 
なにせこのような美女と話すのは生涯で始めてなのだから、彼がガチガチに緊張してしまったとしても仕方がない。 
「お友達がいるのね、うらやましいわ」 
シンデレラは、どもりまくる赤鬼の言葉をまったく気に止めず、また優しげに微笑んだ。 
「う、うん……とっても頭がよくっていい奴だっただ。だども、おらが馬鹿だったせいで、青鬼はどっかいっちまっただ……」 
自分のその言葉に青鬼と別れた時のことを思い出し、赤鬼はまたさめざめと泣き出してしまった。 
「まぁ……それはお気の毒に。それで泣いていらしたの?」 
シンデレラは心から同情するように、顔を曇らせた。 
しかし、赤鬼はふるふると首を振って、自分の足元を指差した。 

「まぁ!」 
シンデレラは、そこで始めて死体に気づいたようで、その美しい顔を見る見る強張らせた。 
「……なんてことを……」 
青ざめるシンデレラの顔をじっと見つめる赤鬼は、ふとある可能性に気づき、慌てふためいた。 
「お、おらじゃねえだよ!! おらが見つけた時にはもう死んでただ!!」 
「え?……ええ、それは勿論わかっているわ。あなたがそんなことするはずないもの」 
シンデレラはゆっくりと頷いた。 
「へ?」 
シンデレラがあまりにもあっさりと肯定したので、赤鬼はかえって混乱してしまった。 
この化け物の見た目では、即犯人と断定されてもおかしくない。 
それなのに、この娘は自分を信じてくれるというのか。 
「お、お前……おらが怖くねえだか?」 
「怖くなんかないわ。あなたは優しいもの」 
「や、やさしい? お、おらは……鬼だぞ?」 
「おばかさんね」 
シンデレラはしなやかな指先を伸ばして、赤鬼の額をつんと小突いた。 
純白の長い手袋に覆われたその指の細さと美しさに、赤鬼はどきまぎして心臓が飛び出てしまいそうだった。 
「あなたは、とっても優しいわ。そんなことくらい、見ればわかるのよ」 
シンデレラは優しくたしなめるように言うと、花に飾られた少女の遺体に視線を落とす。 
「この花を手向けたのはあなたでしょう?」 
その言葉に、赤鬼がこっくりと頷くのを見てシンデレラはくすりと笑う。 
「ほら、ね。優しいじゃない」 
「う……う、ん……」 
シンデレラの言葉に、赤鬼は感動のあまり、また泣いてしまいそうになった。 

こんな風に、わかってくれる人もいるんだなぁ。 
青鬼よ、おらは人間を信じていてよかっただよ……。 

自分と人間の橋渡しをして消えた友を思い、赤鬼はしんみりとうなだれる。 

「さぁ、もう泣かないで。ね……?」 
また目に涙をため始めた赤鬼を、シンデレラはどこまでも優しく慰めた。 
「それにね、この彼女は、もしかしたら幸せだったのかもしれないわ」 
「え……?」 
シンデレラの意外な言葉に、赤鬼が目を見開く。 
「もちろん……そう、もちろん亡くなってしまったことは不幸以外のなにものでもないのだけれど、……ほら、見て?」 
シンデレラは少女の死体の側にしゃがみ込み、その頬をそっと撫でた。 
「とても、おだやかな顔をしているわ。まるで微笑んでいるみたい……きっと、死ぬ前に、ほんの少しだけいいことがあったのよ……」 
赤鬼はグスンと鼻を鳴らし、美しい少女の死に顔を見つめた。 
確かに、その顔は安らかで、満ち足りていて、微笑んでいるようにさえ見えた。 
体に穴が開くような残酷な殺し方をされて、何故そのような表情をしているのかはわからない。 
だが、最期の瞬間、少女に何がしかの満足が訪れていたのなら、それは奇跡ともいえる僥倖だ。 
「そっかぁ、そだなぁ……そうだといいなぁ……」 
少しだけ嬉しそうに目を細める赤鬼に、シンデレラも微笑んだ。 
「きっとそうよ。……きっと」 
「うん……」 
「あ、そうだわ」 
シンデレラは突然、ぽんと両手を叩くと、袋から何か取り出した。 
「これ、あげる。とっても美味しいのよ。だから、元気出して。ね?」 
赤鬼の手のひらにちょこんと乗せられたのは、真っ赤に熟れた美味しそうなリンゴだった。 
「こ、これ、……おらに? ……い、いいのか?」 
「もちろんよ。あなたが元気になってくれたら、私も嬉しいわ」 
シンデレラは、どこまでも優しく美しく、まばゆいばかりに微笑んだ。 





数分後、完全に動かなくなった赤鬼の死体を見下ろして、シンデレラは悲しげに呟いた。 
「ごめんなさいね、赤鬼さん。……あなたはとってもいい方だったけど、私、どうしてもこの島を出たいの」 
シンデレラは苦悶の表情で絶命している赤鬼を痛ましげに見つめ、そっとその瞼を閉じさせた。 
彼女が赤鬼に差し出したのは、魔女の作った毒リンゴ。 
鬼の巨体を倒すのに、ものの数分とかからない実に恐ろしい武器であった。 

シンデレラは赤鬼の荷物を拾うと、自分の袋の中に手早く放り込んだ。 
ぼやぼやしてなどいられない。 
彼女には絶対に果たさなくてはならない目的があるのだ。 

「私ね、どうしてもお城の舞踏会に行きたいの。そして、王子様と踊りたい……」 

そのためには、躊躇している暇はなかった。 
時間はいくらあっても足りない。 
夜中の12時になったら、魔法が解け、彼女は元のみすぼらしい灰かぶりに戻ってしまうのだから。 
そうなる前に、この島を脱出し、舞踏会に辿りつかなくては。 
そのためには、自分以外の全員を殺さなくては。 
殺された女がいるということは、自分以外にも殺戮に動いている者はいるのだろうが、他人をあてにしてばかりもいられない。 
自分でも、できる限り人数を減らさなくてはならないのだ。 

「待っていてくださいね、王子様。シンデレラは、必ずあなたの元へ参りますわ……」 

シンデレラは狂気に満ちた夢見る瞳でうっとりと呟くと、たおやかにドレスの裾をからげ、次の獲物を探しに走り去って行った。 


【C-6/森】 
【シンデレラ@シンデレラ】 
 [装備]毒リンゴ@白雪姫(残り9個)、支給品一式、赤鬼の支給品(未開封) 
 [状態]健康、魔法によりドレスアップ(深夜12時の鐘とともに解ける予定) 
【赤鬼:死亡】残り38人 


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