オオカミの決闘――血と花火の乱舞




 ガアァッ! 
 吼え猛りながら、身を低くしたオオカミがロビン・フッドの足元に迫る。 
 ロビン・フッドは叩きつけ、払うのけようと左手で迎え撃つ。 
 オオカミは迎撃しようとするロビンの左手こそ狙う獲物と言わんばかりに、牙を剥く。 

 ジャギ! 
 音を立て、ロビンの腕、その腕に巻いた布が切り裂かれる。 
 腕に厚く巻いた上着は、幾度もの攻防で所々血を滲ませ、ぼろぼろになりながらも、 
 かろうじて此度の攻めを防ぎきり、ロビンを負傷から守った。 
 上着を切り裂きながら、オオカミは足元を駆け抜け―― 

 ――攻防が続く 

 駆け抜けたオオカミは、四足をふんばり全力のブレーキをかける。 
 足を狙った初手は囮。本命はバランスを崩したロビンに圧し掛かっての首への一撃。 
 しかし、振り向き飛び掛ろうとした体を、再び全力で押し止める。その鼻先を掠める銀色の光。 
 ロビンが倒れながら身を回し、短剣を握った右手でバックブローのような一撃を放っていた。 
 見えない背後への、けれど相手の意図を読みきった迷いのない一閃。 
 だが、上から下へと弧を描いた銀線はむなしく空を切り―― 

 ――攻防が続く。 

 剣閃をかわし、たわめた身をばねに変え、オオカミが踊りかかる。 
 既に短剣を持つ右腕は流れ、後は仰向けに倒れるだけのロビンを押さえつけ、その首筋を裂くだけ。 
 そう勝利を確信するオオカミの脇腹に、畳み込まれたロビンの膝が回転の勢いそのままに叩き込まれる。 
 ぎゃふ、と呼気を吐き出し、オオカミが吹き飛ぶ。 
 数メートル離れて倒れた両者は、休むまもなく手をつき、身を回して立ち上がって―― 

 ――攻防はなおも続く。 
「がああぁ、チィックショウッ、むかつくぞ、テメエ!」 
 起き上がり、睨みつけながらオオカミが吼える。 
「大体てめぇ、得物なんて卑怯だとは思わねえのかよ。男なら素手でこいや、コラァ!」 
 低く唸り、攻撃に有利な位置を取ろうとしながらも、オオカミの罵声は止まらない。 

 そんなオオカミの罵声を受けて、ロビン・フッドも挑発し返す。 
「おやおや、ひ弱な人間へのハンデをくれているんじゃなかったのか? 
 それともまさか強くて賢いスゥ〜パァ〜オオカミ様は、こんなちっちゃなナイフが怖いのかな?」 

 怒髪天を衝く、と言わんばかりになったオオカミが前足でバンバン地面をたたき始める。 
 そんな子供じみた動きにロビン・フッドは油断することなく、むしろ一層の警戒を強める。 
 実際、同じ動きに騙され、短剣の守りを緩めたその瞬間。 
 それまで以上に前足を叩きつけ、その反動を利用して飛び掛られた。 
 とっさに肘をかち上げ、首を噛み割かれるのは避けたが、代わりに左肩に喰いつかれた。 

 そのとき踏み止まれずに倒れていたら。 
 左ではなくナイフを振るう右肩に噛みつかれていたら。 
 ロビン・フッドとオオカミの戦いはそこで終わっていただろう。 
 いま左腕に巻いた布を染める血も、そのときのものがほとんどだ。 

 左腕が痛む。呼吸が乱れる。 
 だがロビン・フッドのその手が、戦う意思が、地につくことは決してない。 
 すでに彼一人の命ではない。そばにいる少女のためにも戦いつづける。 
 目の前のオオカミは、この理不尽な殺し合いの象徴。 
 自由を望む心が、弱きを助ける気高さが、無慈悲なゲームへの宣戦布告を告げる。 

「さあ、どこからでもかかって来い! 俺は決して負けはしない!」 
 オオカミのほうも左肩に噛みつけたものの、肝心のナイフを持つ右腕が生きていることは承知している。 
 下手に噛み付けば、文字通り左腕をエサに右のナイフで自分を貫くだろうロビンの作戦に 
決定的な攻撃を仕掛けられない。 

 オオカミにとって、二人が立つ場所も悪い。 
 丘の傾斜が作る高低差。オオカミが上でロビンが下。 
 飛び掛れば、潜り込まれて咽喉か腹を。 
 足元に仕掛ければ、遮るように鼻先を。 
 的確な反撃を予想させるその位置取りを、巧みな牽制と足運びで取りつづける、 
それこそがロビン・フッドが一流の戦士の証拠でもあった。 

 オオカミにしてみれば、さっきの攻防も位置が逆なら。 
 ナイフが届かないほど低く、下り坂で勢いがつき過ぎることもなく 
 振り向けばより喉笛に近く、上から全体重をもって圧し掛かる。 
 そんな攻撃ができた筈だ。 

 対峙するオオカミとロビン・フッド。 
 睨みつける視線と全身でフェイントをかけ、罵る声も攻撃の手段。 
 互いの力量が只ならぬことを知り、うかつには仕掛けられない。 

 僅かな隙を探し、戦いが膠着しかかる。 
 睨み合うことしばし、不意にオオカミがニヤリと笑う。 
「大口叩くんじゃねえぞ。もうすぐ泣いて謝ることになるんだからよ」 
 言葉すらも武器になる、そんな状況だからこそ口調は軽く、だが油断なくロビンは言葉を返す。 
「ほう、どうやって? さっきから何回そのセリフを言ったとおもう?」 
「そりゃあ……」 

「こうやってよ!」 
 言葉と同時にオオカミは地を蹴り、ロビンの左側へ走り去る。 
 その先には呆然と立ちすくむゲルダの姿。 
「っ! 貴様っ!!」 
 慌ててロビンが後を追う。 

 走力で人間がオオカミに敵うわけがなく、 
 暴力で少女がオオカミに敵うはずもない。 

 逃げるゲルダに、あっという間に追いつくとそのまま押し倒す。 
「動くんじゃねえ!!」 
 足を止めるロビン・フッド 
 怯えるゲルダ。 

 彼我の距離は7,8メートル。 
 一気に飛びかかれる距離ではない。 
 ましてやオオカミがいるのは丘の上。上り坂では加速することすら難しい。 
 さっきまで有利だったはずのポジションが、逆にロビンを苦しめる。 

 まさに立場が逆転していた。 
「ぎゃあははは! さあ、ナイフを捨てやがれ! 
 わかってるだろうな。ちょっとでも妙な真似しやがったら……」 
 わざとらしく牙を剥き出し、ゲルダの首筋に軽く歯を立てる。 
 ひっ、と声をあげ身をよじるが、ゲルダの肩はオオカミにがっちりと押さえこまれ逃げることができない。 

「卑怯な……」 
 悔しさと怒りに震えながら、ロビンがオオカミを責める。 
「あぁん。てめぇは武器使っといてよく言うぜ。大体よ、勝負なんて勝ちゃあいいのよ、勝ちゃあ。 
 おら、とっととナイフを捨てろ! さもねえとこのガキの命はねえぞ!!」 
 涙目になったゲルダの頬を、愉しそうにオオカミの舌が舐める。 
 泣くまいと気丈に堪え、顔をそむけるゲルダを嘲笑うように、涎まみれの舌でことさらゆっくりと頬を舐め上げる。 

 ぎり、と血の滲むほど唇をかみ締めてみても、ロビンには打つ手がない。 
 弓さえあれば、そう思いながら、ついにロビン・フッドの手から短剣が離れ、足元に突き刺さった。 
「ようやくあきらめやがったか。 
 おっと、待ちな。そのままゆっくりと後ろに下がるんだ。変な真似すんじゃねえぞ。 
 よーし、それでいい。ぎゃははは! 正義のナイト様はつらいなあ、おい。 
 まあ、しょうがねえ。相手が悪かったのよ。なにしろこの賢い賢いスーパーオオカミ様だか……」 

 ジ ュ ボ ッ! 

 オオカミの言葉を遮って、そんな音がした。 
 そして毛の燃える嫌な匂い。 
 キナ臭いものを感じて、後ろを振りかえったオオカミが見たのは。 

 組み敷いている少女・ゲルダが手に握る、細長い筒のようなもの。その先端から出る火。 
 嬉しさのあまり、パタパタ振っていたらしいご自慢の尻尾。その先端に引火した炎。 
 それを眺めること、約3秒。 

「ギャァ熱ィィィィィィ!!」 
 飛び上がり、尻尾を地面に叩きつけ、火を消す。 
「あ、ああ……」 
 何とか火を消したものの、自慢の尻尾の先端は焼け焦げ、すっかり毛が燃え尽きている。 
「こ、このガキャァ! 何てことしやがる」 
 そう怒鳴るオオカミの口に、半泣きになりながらも、むー、と頬を膨らませたゲルダが何かを放り込む。 
「!?」 
 それが何か悟るよりも早く。 

パンッ!パンッ!パパン!! 

 オオカミの口の中で爆竹が弾けた。 
 ボワン、と口から煙を吐き出し、横倒しに倒れるオオカミ。 
 それを尻目にゲルダは荷物を抱え、ロビンの方へ走っていく。 
 ロビンの元に辿りつき、その後ろに隠れた時、ようやくオオカミが頭を振り振り立ち上がった。 

「まだ、やるかい?」 
 足元のナイフを拾い上げ、どうにもやる気をそがれた口調でロビンが問う。 
「へぇいうあ、おえぇ! えーおういああ、えうい、ええんあお」 
 ばふん、ばふんと煙を吐き出しながら、オオカミが怒鳴る。 
 言ってることがさっぱり判らない。 
「こんのクソガキャ、トンでもねえ真似しやがって。こ、このオレ様の尻尾を……。 
 こうなったら、ただで済むと思うなよ」 
 バフバフ、ゲフゲフせきこんだ挙句のオオカミの怒声に、 
ロビンの背後に隠れていたゲルダがビクッと身を縮める。 
「ここまでオレを怒らせたんだ。もう一口でガブリと楽に、なんてしてやらねえぞ 
 まずは素っ裸にして、それからのXXXXをピィーーの、※◎*?で……」 

 どこで憶えたのか、スラングだらけのオオカミの悪口に、ゲルダの顔が真っ赤になる。 
 そしてその目にみるみる涙が盛り上がる。 
「おう、おう、泣け、泣け。泣いたからって許しゃしねえからよ。 
 それどころか、(*゚∀゚)の(*´д`)で( ゚Д゚)=3な目に……」 
「あー、調子に乗りすぎだぞ、お前」 
 気持ちよく毒づくオオカミを、ロビンの声が遮る。 
 あぁん、と言う目でロビン達の方をオオカミが見る。すると、そこには――。 

 顔を真っ赤にし、涙目でうー、と唇をかみ締める、爆発寸前のゲルダ。 
 その手に握るのは、同じくらい爆発寸前の爆竹とねずみ花火。 
「……あ。ちょ、ちょっと待て、嬢ちゃん、お、おちつけ、な?」 
「……うぅーー、バカァーー!!」 

 パパパパパッ!パンッ!バ ン ッ!バ バ ン ッ!!バシュッ シュババン ッ!!! 

 オオカミの制止も空しく、思いっきり投げつけられた爆竹が空中で爆ぜ、足元をねずみ花火が踊り狂う。 
「どわ、のわ、のわわぁあぁ!!」 
 ねずみ花火に足をとられ、丘の斜面を転がり落ちるオオカミ。 
 丘の下で立ち上がり、そのまま一気に東の方へ走り去る。 

「お、お、おぼえてやがれえーー!!」 
オオカミの捨て台詞が風に消え―― 

「うっ、うっ、ひっく、ぐすっ、うー」 
 ロビンにしがみついて泣き続けているゲルダ。 
 とりあえずは好きにさせるか、とロビンは思いつつ、彼女が投げたのは一体なんだったのか 
それを確かめようと、ゲルダが小さな手にしっかりと持っている袋にさわる。 
 取り上げられると思ったのか、反射的にぎゅっと袋を握るゲルダの背中を、 
ぽんぽんと叩いて安心させながら、改めてゲルダから袋を受け取る。 

「何だ、これは?」 
 大きな袋は不思議なことに透明で、中のものがよくわかる。 
 ただその中身はというと、なにやら細い棒や、丸い輪ッか、太くて短い筒など雑多なものが 
ごちゃごちゃ入っていて、何がなんだか見当もつかない。 
「っと」 
 しげしげ眺めていると、袋に張ってあった紙がはがれて落ちた。 
 持ち前の動体視力で、紙が空中にあるうちに掴み取る。 

「……なるほどな」 
 紙が剥がれ落ちたところ、袋には直接こんな文字が書かれていた。 
『危険! 火のついたほうを人に向けないで下さい』 
 対して、手に取った紙には―― 
『便利! 火をつけたら人のいる方に向けて下さい』 
 よく見れば短い筒のほうには、火花の出ている絵が胴体に描かれている。 
(まったく、女王の悪意と来たら……。ここまで来ると感心してしまうな) 
 ようやくゲルダも泣き止んできた。 
(まずはこの子を落ち着かせて、安全を確保しなければ) 
 ゲルダの背をさすりながら、今後の方策を思案する。 
(オオカミに雪の女王、この分では他にも殺し合いを望む者がいるに違いない) 
 逆に言えば、彼らに苦しめられる人たちがいるということだ。 
 悪逆に苦しむ善良な人々が。 
(そんなことを俺は許しはしない。見ていろ女王。お前の思惑など、この俺が打ち砕いてみせる!) 


 だが、ロビンは女王の本当の悪意に気づいていない。 
 袋の底、本当の花火セットには無いはずの物。 
 二本のダイナマイトが花火の仲間の振りをして、ひっそりと紛れ込んでいた。 

【D-4】 
【オオカミ@赤ずきん】 
 [装備]支給品一式(未開封) 
 [状態]健康、左耳に裂傷、口と尻尾に火傷 

【D-3/丘のふもと】 
【ロビン・フッド@ロビン・フッド】 
 [装備]人魚の短剣@人魚姫、支給品一式 
 [状態]左肩負傷(咬み傷) 
【ゲルダ@雪の女王】 
 [装備]花火セット(チャッカマン付)、ダイナマイト2本、支給品一式 
 [状態]健康 


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