狼の事情と頭巾の二乗




 森の小道を赤頭巾は歩き続けます。 
 とぼとぼと、力なく。 

 これが大好きなおばあちゃんのところへ続く道なら……。 
 何度、そう思ってみても周りは見知らぬ森。 
 道の行く手に何が在るか、まるでわかりません。 

(けど、さっきのところには戻れないよ……) 
 もう追ってくる様子はありませんが、さっきのお爺さん、いえ、お爺さんのふりをしたオオカミが 
赤頭巾を食べてしまおうと待っているに違いありません。 

 けれど、森の小道の行く手には、もっと恐ろしい人がいるかもしれません。 
 ここにいる人たちは、きっとあの冷たい目をした女王様の言うとおり、赤頭巾を殺そうとするでしょう。 
(ひょっとすると、もっとひどいことをされるかも……) 
 そう思うと、もうこのまま進むこともできず、かといって来た道を戻ることもできなくて、 
とうとう赤頭巾は暗い森の中で立ち止まってしまいました。 
 そんな不安におびえる赤頭巾の耳に、どこからか恐ろしい咆哮が聞こえてきます。 


ゥオォォォォォォォォォレハッ―― 



――ァァァオォォオカミサマヨォォォッ! 


「「オオカミ!?」」 
(あ、あれ?でも今の吠えかた、なんだか変じゃ……?) 
 確かにすごい吼え方だったけど、どうしてオオカミってことまで判ったんだろうと赤頭巾は首を傾げます。 
(それに、気のせいかしら?他の人の声が聞こえたような……) 
 そう思って赤頭巾が後ろを振り向くと―― 

――繁みから出てきた狼娘が、赤頭巾の方へと振り向くところでした。 
 まさか本当に人がいると思っていなかった赤頭巾は、「え?」という表情のまま立ちすくんでしまいました。 
 狼娘のほうもパチクリと目をしばたたかせて、赤頭巾を見つめています。 

「「キャアァァァッ」」 
 一瞬ほうけて、それから我に返った赤頭巾は、悲鳴を上げて狼娘から逃げ出そうとします。 
 けれどあんまり慌てていたせいで、足元の石に躓き転んでしまいました。 
(うそっ!) 
 こんなところで転んでしまったら、きっと自分は捕まって食べられてしまう。 
 ううん、さっき見たのはオオカミじゃなくて人間だったみたいだから、 
きっと殺されるか、その前に何かひどいことをされてしまうんだ。 
 そう考えてしまった赤頭巾は、もう何にも見えないように、何も聞こえないように 
頭巾をぎゅっと握ってうつぶせにうずくまってしまいました。 

 一つ、二つ……。 
 どくんどくんと心臓が三つなっても、何もされません。 
(もう早く済ませてよ……) 
 怖さのあまり、胸の音はどんどん早くなります。 
 四つ、五つ、六つ、七つ……。 
(……できたら、あんまり痛くしないで欲しいな) 
 初めてだから、と思いかけて、当たり前だよねと赤頭巾は考え直します。 
(これから殺されちゃうんだ……おばあちゃん、お母さん) 
 涙が出そうになって、ぎゅっと布を握り締めます。 
 九つ、十、十一、十二……。 

 そこまで数えて、ようやく誰も何もしそうに無いことに赤頭巾は気づきました。 
 頭巾から手を離し、恐る恐る後ろを振り返ります。 
 すると―― 

 木の後ろから顔を出している狼娘と目があいました。 

「やぁぁぁっ!」 
 赤頭巾は驚いて立ち上がることもできないまま、両手で使って必死に後ずさります。 
 狼娘のほうも赤頭巾の声に驚いたのか、あわてて木の影に隠れてしまいます。 
「え?」 
 赤頭巾はそんな少女の様子にまた驚きます。 

 あんまり驚きすぎて赤頭巾がどうすれば良いのか判らなくなっていると、 
木の影からソロソロと狼娘が顔を出し、また赤頭巾の様子を窺いだしました。 
 そうなってくると赤頭巾のほうも、ようやく落ち着いて相手を見ることができるようになりました。 
 相手は自分と同じか少し上くらいの女の子のようです。 
(けど……変な格好) 
 ぼろぼろの布にしか見えない粗末な服に、ザンバラにのびた髪。 
 背はきっと自分より高いのでしょうけど、前かがみになっているせいでずっと低く見えます。 
 まるで四つ足で走ろうとしているみたいだと、赤頭巾は思いました。 

(ひょっとしてこの人も誰かにひどいことをされたのかしら?) 
 必死になって逃げたからあんなに服がぼろぼろなのかしら、そう思いかけて。 
(ううん、それじゃあの髪はおかしすぎるもの 
 そうよ、さっきのお爺さんのように見た目に騙されちゃ駄目。 
 きっとお母さんの言っていた森に住む魔女なんだわ) 
 そう思い直して赤頭巾は、少しずつ近寄りそうにしたがっている少女をきっと睨みつけました。 
「来ないで。変なことしたら、あたし……あたし」 
 頑張って睨みつけそういってみたものの、それからどうすれば良いのか赤頭巾にはまるでわかりません。 

 ともあれ、狼娘は赤頭巾の言葉に立ち止まり、自分の格好を見直します。 
「う…私……へん?」 
 変よ、と言いかけて、あわてて赤頭巾は口を塞ぎました。 
 今は大人していても、あのお爺さんのように怒らせたら何をされるかわからないと思ったからです 

 狼娘は赤頭巾が口を押さえたのには気づかなかったようです。 
 自分と赤頭巾の格好を比べ、考え込み、それから手に持っていた袋の中に手を入れました。 
 中から取り出したのは、一枚の古ぼけた頭巾。 
「これ…つけたら……一緒? へん…じゃない?」 

 一緒なわけないじゃない。 
 そう言いかけて、慌てて口をつぐみます。 
(私の頭巾は、おばあちゃんに見せるための、綺麗なレースもついたとっておきだもの。 
 あんな汚い頭巾とおんなじなわけないじゃない) 

 黙ったまま赤頭巾が見ているうち、狼娘は不恰好ですがどうにか頭巾を被ります。 
 そしてニコッと、狼娘は赤頭巾に笑いかけました。 
 その笑顔に赤頭巾は、ひょっとしたら悪い人だと思ったのは勘違いだったのかと悩んでしまいます。 
 けど相手の様子になんだか安心すると、急に右足が痛み出しました。 
 どうやら転んだ時に足を捻ったようです。 
(これじゃ走って逃げられないかも。でも……なんだか、大丈夫そう) 
 足の具合を確かめると、赤頭巾は相手をそっと窺います。 
 すると狼娘が急に緊張した顔で何か言ってきました 

「逃げる…ここから、早く……逃げる」 
 梢のほうから鳥が飛び立つのを見ながら、狼娘が呟きます。 
「ふしぎ…鳥の声、きこえた……魔女…悪い魔女、こっち来る、そういってた」 
 狼娘はたどたどしく、けど必死に赤頭巾にそう伝えてきます。 
 そして一緒に逃げようと言うかのように、赤頭巾に手を伸ばし一歩近寄ります。 
 そんな狼娘に赤頭巾は――。 

「来ないで!」 

 冷たい言葉で答えました。 
(嘘よ、鳥の声が聞こえるなんて、やっぱり魔女なんだわ。 
 そうでなかったらあたしを騙そうとしてるんだ) 
 おかしなことを言って騙そうとしている、そう決め付けた赤頭巾は、狼娘を睨みます。 
「嘘、嘘、嘘! 鳥の声が聞こえるなんて、あなたが悪い魔女なんだわ」 
「ち…違う。私…悪い魔女……違う…コレつけたら聞こえた……鳥の声…聞こえた」 
「魔女じゃない? 頭巾のせい? じゃあ悪い魔女は何処?どこから来るのよ!」 
 赤頭巾の言葉に、狼娘は東のほう、赤頭巾の元来た道を指差します。 

「ほーら、やっぱり嘘じゃない。そっちにいるのはオオカミよ。 
 お爺さんに化けた悪いオオカミだわ。さっきの吼え声もきっとそうよ」 
 その言葉に今度は狼娘のほうが、怒り出しました。 
「違う! …オオカミ、悪くない……違う!」 
「違わない! オオカミはおばあちゃんを食べちゃったし、お母さんも注意しなさいって言ってたもの」 
「おかあさん、悪くない! オオカミ……悪い、違う」 
 森の中、二人の少女の口喧嘩は続きます。 

 赤頭巾は気づいているのでしょうか? 
 なんだかんだと嘘つき呼ばわりしても、乱暴なことをするような相手でないことを。 
 狼娘のほうも、赤頭巾が怒っているけど何故か立ち去ろうとしないことを 
 二人ともこの島で一人ぼっちで不安だったことを忘れていることを。 

 喧嘩を始めたこの二人、はてさて一体どうなるのでしょうか? 

【G-2/森の中】 
【赤頭巾@赤頭巾】 
 [装備]支給品一式 
 [状態]右足を捻挫 

【狼娘@おおかみとむすめ】 
 [装備]聞き耳頭巾、支給品一式 
 [状態]健康 


前話   一覧   次話







SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送