命を賭しても




少女は草の中立っていた。 
その手の中に握られているのは彼女がいつも持ち歩いている売り物のマッチではなく、人間など容易に殺せそうな大振りの鋏である 
支給品であるそれを手にし、彼女は薄っすらとした笑みを顔面に浮かべていた。 
日光に反射して煌く刃は、まるで誰かの生き血を求めるかのようにぎらぎらと輝いている。 
――事実、彼女はその刃で今しも一人の人間の命を止めようとしている刹那であった。 
鋭く銀色に光る二枚の刃が、女らしい柔らかな胸部へと振りかぶられる。 
命の火が消える筈の瞬間であっても、その身体は逃げようともせずごく従順なまでいた。 
(ごめんなさい……) 
心中そう呟くと、彼女は『自分自身の』心臓目掛けてその鋏を振り下ろした。 
両手で握った大鋏を一思いに胸につきたてようとして、――奇妙な反発力に気づく。 
(……腕が……これ以上動かない……!?) 
「何をやっているでござるか、姫君!」 
突然すぐ近くから聞こえた声に驚嘆したようにきょろきょろと辺りを見渡した彼女は、 
いつの間にか自身の肩に乗っていたそれにびくりと目を見開いた。 
そこにいたのは、親指ほどの大きさをした可愛らしい少年だ。 
京の都では一寸法師の名で知られるその少年は、必死の形相で彼女の腕を押し止め、それ以上鋏の刃がエリシャの身体に近づかないように努めていた。 
驚くエリシャには構わず、少年は咎め立てるような鋭い口調で叫んだ。 
「まさか、その刃で自害するつもりではござらんな? ……もしそうであれば、拙者この命に代えても御止め申す!」 
針の様に細い足を踏ん張り己の全力を掛けて鋏を止めようとする彼に、少女は悲しげな声で言った。 
「うるさいわね! どうしようが私の勝手じゃない!?」 
涙交じりの声音で絶叫した彼女の形相に、聞いていた一寸法師が思わず怯む。 
「私なんかどうせ最後まで生き残れっこないのよ! だったら……だったらせめて、自分の手で苦しまずに逝きたいわ」 
そう言って再び鋏を振り上げようとした彼女の腕に、なおも一寸法師は纏わりつく。 
小さな身体がうろうろと肩の上を這い回るのが苛立たしく、エリシャは彼を振り落とそうとした。 
けれど、生来優しいこの少女にそんな非道な行いができるはずもない。 
二度、三度と肩を震わせても何とかバランスを保ってしがみ付く一寸法師の執念に呆れ、悲痛な顔で草の間に足を折る。 
その衝撃で、手の中にしっかと握られていた鋏がかたりと地面の上に取り落とされた。 
「どうしてよ。どうして邪魔するの!」 
その苦しげに吐き捨てた言葉に、一寸法師は首を横に振って答えた。 
「自分から死ぬなど、最悪の選択肢でござろう。そんな馬鹿げた道、拙者の目が黒い限りは決して行かせませぬ」 
「何よ……私が死のうが生きようがあなたには関係ないでしょう?」 
少女が顔を顰めてそう言うのを無言で聞くと、一寸法師は真っ直ぐな瞳でエリシャを射抜いた。 
「確かに関係はござらん。しかし拙者には、元の世界に戻って守らねばならぬお方がいるのでござる。 
あの方は拙者の帰りを待っている。……姫君にも、帰るのを待っている相手がいるでござろう?」 
その真摯な説得の言葉に、しかしエリシャはくすくすと場違いな笑い声を上げた。 
底知れぬ暗い瞳でひとしきり笑みを浮かべると、彼女は一寸法師へ向けて言葉を放つ。 
「ええ、いるわ」 
「ならば……」 
「天国に、ね」 
その台詞に一寸法師が表情を固くする。 
思わず息を呑んだ彼に噛んで含めるようにして、エリシャは己の境遇を聞かせてやった。 
「私のお母さんは早くに亡くなってね、私をずっと育ててくれたのはお婆ちゃんだった。 
優しくて、あったかくて、私はお婆ちゃんが大好きだったの。 
……でも、でもお婆ちゃんが死んでからの毎日はまるで地獄だった! お父さんは毎日お酒か賭け事ばっかりで、その上、その上私を……」 
その台詞を途中で切らせると、少女は両肩を腕で抑え熱でもあるかのようにがたがたと震え出した。 
虚空を見つめる瞳は何か辛い記憶を思い出したのか恐怖に歪み、微かに涙まで湛えている。 
その記憶が一体何なのか、一寸法師に問う勇気はなかった。 
「だから、どんなに頑張って戻っても私を待っててくれる人なんていないの。 
それなら、いっそお婆ちゃんのところに行ったほうがましよ……」 
「しまっ……!」 
急いで体勢を起こし、焦燥に満ちた表情でエリシャの手元へと駆け寄る一寸法師。 
しかし、小さな身体にとっては、地面に鬱蒼と生えた雑草はさながら密林のようなものだ。 
右に左に掻き分けて前進するだけで、普通の人間の何倍もの労力を要求される。 
茂る草の間をすり抜けようやくそこに近寄った時には、既に少女の手にはあの大鋏が握られていた。 
「さようなら……小さな騎士さん。貴方に守られる相手は、きっと素敵ね」 
地面に立った一寸法師を見下げてにっこりと微笑むと、エリシャは座り込んだままゆっくりとその刃を胸に刺し下ろした。 
「――っつぅぁあっ!」 
しかし次の瞬間、草原に響き渡った悲鳴は少年のものだった。 
一寸法師は全身全霊を掛けて飛び跳ね、少女のかざした鋏に無理やり覆いかぶさったのだ。 
少女の胸元と二枚の刃とに挟まれ、彼の着物は見るも無残に破き裂かれていた。 
その上そこから覗いた脇腹には惨たらしい傷跡が残され、ぱっくりと開いた傷口からだらだらと緋色の血液が流れ落ちている。 
「ならばこの命……今だけは、姫君のためにお使いいたしましょう……!  
と、共に……もとの世界に戻れる瞬間まで……、拙者、姫君をおまもり……申し、ます……」 
小さな小さな目を精一杯に見開いた一寸法師は血塗れの唇をそっと動かしてそう宣告すると、そのまま草の間にぱたりと倒れこんだ。 


【D-5/森】 
【一寸法師@一寸法師】 
「装備」支給品一式(ランダム支給品不明) 
[状態]気絶中/脇腹に1cmほどの切り傷・大量出血 

【少女(エリシャ)@マッチ売りの少女】 
[装備] 裁縫セット(糸・針2本・マチ針10本・裁ち鋏)@狼と七匹の子ヤギ、支給品一式 
[状態]健康 


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