ウラギリ




「……なんだか、冷えますわね」 
先ほどから感じる底知れぬ悪寒に身体を震わせて、おつうは誰ともなしにそう呟いた。 
窓から外を見渡しても、天候は一向に崩れる様子がない。 
さんさんと輝く朝日は豊富な日光を地表へと届けており、何故これほど寒いのか理由は分からなかった。 
薄手の着物しか着ていないこともありぶるりと肩を上下させた彼女は、窓の外にちらりと見えた人影に思わず声を上げかけた。 
すんでのところで思いとどまったのは、そこにいた相手がごく友好的な顔でこちらに小さく手招きをしていたからだ。 
おつうのそれとよく似た純白の着物を身にまとった女は、さながら幽霊のごとく薄ぼんやりとした足取りで、こちらをじっと見つめている。 
その視界の中にはおつう一人が切り取られ、彼女のすぐ横にいるガストンは微塵も目に入っていないようだった。 
執拗に手招きを繰り返す彼女は、おつうが自分に気づいたのを見て取るやにこりと満面の笑みで微笑みかけた。 
そのどこか悲しそうな笑顔に、おつうが心をどきりとさせる。 
(あの人は一体……) 
元から白い顔をさらに青白く変え、おつうは考える。 
彼女が一体何者なのか。何故、自分を呼ぶのか。 
女の自分なら殺すことは容易いと考えての判断かとも思うものの、それならばわざわざ姿を見せて呼び寄せる道理はない。 
ああして呼んでも私が単身で出てくる保証はないし、むしろ普通なら男と一緒に様子を見に出ると考えるだろう。 
だとすれば、なぜ私だけを? 
いくら考えても思考は底なしのぬかるみに嵌るばかりで、多少なりとも建設的な答えは全く出そうになかった。 
そして、決定的な回答が出ないその代わりに、おつうは小さく決意した。 
「――少し外の空気を吸ってまいります」 
おもむろにそう言って立ち上がった彼女を、傍らのガストンが驚いて押しとどめる。 
遠慮なく手首を握られた突然の感触におつうが眉を顰めるのにも気づかずに、彼は朗々と話しかけた。 
「何と危ないことを仰る! こんなときに一人で外に出るなど?」 
「大丈夫ですわ。ほんの少しですから」 
その言葉をろくに聞かず無理やり腕を振り払うと、音もなく扉を開けおつうは家の裏手に回る。 
ガストンの座っている位置からは見えないだろう木陰に、先刻の女がふわりと立っていた。 
「来てくれてありがとう」 
笑いながらそう言った女を目の前にして、おつうは驚いたように小さな溜息をついた。 
降り積もった雪のようにほの白い肌、腰まで伸びた艶やかな黒の長髪。 
そして、どこか凄味すら感じさせる全身から放たれる冷たい色気。 
自分もある程度は美人と称されるレベルであったが、そこに立つ相手は余りに完璧に過ぎた。 
その恐ろしいまでの美貌に気圧されたおつうに、眼前の美女が声をかける。 
「あなた、人間じゃないでしょう?」 
その言葉におつうがびくりと顔色を変えると、女は心配しないでと断ってから自身の正体を惜し気もなく口にした。 
「私もね、そうなのよ。雪女って知っているかしら? 雪を操って、愛した男を氷づけにする妖怪……」 
彼女が放った雪という単語に、まだどこかぼうっとしたままだったおつうがはっと反応を見せる。 
それは当然、あの氷の城にいた女を思い起こさせたためだった。 
もしも彼女が主催者と近しい側の人間なら、恐らく自分からこの遊戯に乗って殺戮を繰り返すはずだ。 
「貴方はあの人の……?」 
恐々と尋ねられたその疑問に、しかし雪女は苛立たしげな表情で頭を振って答えた。 
「『雪の女王』だなんて。あんな女、私は知らないわ。私に分かるのは、ただあいつが私と同属だというくらい」 
「そうですか……」 
よかったと言ってよいのか分からず微妙な表情を残したままのおつうに、雪女は少しばかり意地悪そうな笑いを作って向き直った。 
「ねぇ、貴女、あの男を信用してるの?」 
「それは……」 
痛いところを抉られて、返答に困ったおつうが言葉を濁す。 
実際、自分でも彼のことを信じているとは言いがたかった。 
成り行き上一緒にいるものの、彼について知っているのは名前くらいで、それ以外はどんな人間なのか殆ど分からない。 
いや、正確に言えば、共に過した数時間の間で、彼のあまり人間的によいとは思えない強引さや粗暴さには気づいていた。 
一般的に彼があまり好ましい類の人間ではないであろうことも、既に確信している。 
けれど、彼が自分を守ろうとする思いだけは偽りようのない本心に感じられ、どうしても別れる事ができずにいたのだ。 
無言のままのおつうを見て、雪女がさらに言葉を重ねる。 
「貴女はないの? ……人間に裏切られたことが」 
彼女の台詞に、おつうが悲痛そうに唇をぎりりと歪めた。 
与平との日々を、出会った日から最後の瞬間までを思い出して、苦しさに胸が張り裂けそうになる。 
その悲嘆にくれた表情を前に、雪女が同情するように言った。 
「やっぱり貴女もそうなのね……」 
雪女は自身の白魚のような指先を伸ばしておつうの頬を優しく撫でると、その手をそっと背中へと回した。 
氷を直に押し当てられたような冷たい感触に、おつうがぴくりと身体を強張らせる。 
着物越しにさわさわと背中を上下に愛撫しながら、雪女はおつうに己の過去を告げた。 
「私もあるわ。……愛していた人に裏切られたことがね」 
その言葉に驚きを感じて顔を上げたおつうを見つめると、雪女は泣き出しそうな瞳で呟いた。 
「誓ったのよ。あの日のことは決して誰にも話さないと」 
そう言って秀麗な顔を翳らせる雪女が、おつうにはひどく自分に重なって見えた。 
そしてその重なりは、彼女が次に口にした言葉でさらに強く確信させられる事となった。 
「……でも、でもあの人は私との約束を破った! 私は彼を信じていたのに……」 
「……!」 

おつうの脳裏に、あの日交わした二人の会話がよぎる。 
それは封印してきた記憶。思い出したくなくて、忘れようとした記憶だった。 


……与平 


――ん? 何だ、おつう 


お願いですから、決してこの部屋の中を見てはなりませんよ 


――分かった。約束するよ 



約束するよ約束するよ約束するよ約束するよ約束するよ約束するよ約束するよ約束するよ約束するよ約束するよ 
約束するよ約束するよ約束するよ約束するよ約束するよ約束するよ約束するよ約束するよ約束するよ約束するよ 
約束するよ約束するよ約束するよ約束するよ約束するよ約束するよ約束するよ約束するよ約束するよ約束するよ……。 

あの時の与平が見せた、屈託のない笑顔。 
自分が約束を破るなんて微塵も考えていなかったであろう、あの純粋な言葉。 
あんなに正直な人であっても、彼らは悪気なく私たちを裏切るのだ。 

――嗚呼、ニンゲン、は。 

混乱に思わず頭を抱えて座り込むおつうの頭上に、冷たい吐息がふぅっとかけられる。 
心まで凍りつけられてしまいそうなその息と共に、雪女は残酷な台詞を口から吐き出した。 
「ねぇ、人間達に復讐しましょうよ」 
ひどく淫靡な表情で、彼女はおつうに笑いかける。その笑みは不気味なほどに美しかった。 
「……二人で、ね」 


【H-8/集落の民家】 
【ガストン@美女と野獣】 
 [装備]日本刀「ちすい」@御伽草子、支給品一式 
 [状態]健康 

【H-8/集落の民家裏手】 
【おつう@鶴の恩返し】 
 [装備]玉手箱@浦島太郎、支給品一式 
 [状態]健康/精神的にやや不安定 

【雪女@雪女】 
 [装備]支給品一式(ランダム支給品不明) 
[状態]健康 


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