森の勇者




かの英雄ロビン・フッド。 
それは森の守護たる緑の騎士。 

そう呼ばれ始めたのはいつのことだったか。 
彼は故郷の森を想い、そこに残してきた仲間たちを想った。 
自由の森シャーウッド。 
その場所は彼と仲間のかけがえないの家であり、弱き人々の希望の象徴でもあった。 
大切なものを守るために悪しき権力者たちと戦った日々、それは戦いを終えた今では彼の誇りとなり人々の勇気となった。 

彼にとっての戦いは、いつだって大切なものを守るためのものだったのに。 

「おれとしたことが情けない……」 
ロビン・フッドは深くため息をついた。 
戦士たるもの常に警戒を怠ってはいけない。彼は寝ている時でもわずかな物音で目覚めることができた。 
その自分が何故こんなことに巻き込まれたのかロビンにはわからない。 
昨日の夜はいつもどおり自分のベッドに入り眠ったはずが、目覚めてみれば何故か見知らぬ氷の城。 
そして、まるでおとぎ話に出てくるような魔法仕掛けの業の数々。 
まるで悪夢のような展開だが、夢にしては感覚が生々しすぎる。間違いなくこれは現実であると、戦士の冷静な心が彼に告げていた。 

氷の城からまたしても魔法で飛ばされた場所は海の見える丘の上だった。 
そこから見下ろす海の色さえ彼の知るものとは違いすぎる。 
彼が知るイングランドの海は重苦しい鉛色をした冷たい海だが、この海は明るい緑に近い青だった。 
「気候も暖かいな。どこか南方の島か?」 
頭の中に世界地図を思い浮かべようとして、ロビンは自分の愚かさに苦笑した。 
彼の世界の地図にこの島が記されているとは思えない。 
おそらくこの島は彼の知る現実の世界とは違う世界にある。 
丘の上から見渡す限りでは森は緑に生い茂り、野原には花が咲き、雪などどこにも見当たらない。 
それでありながら、島の中央には溶けそうにもない氷の城がそびえ立っているのだから。 
「魔法ってやつか。つくづく気に食わん」 
あの城では今も冷酷な女王が名前に違わぬ冷たい笑みを浮かべているのだろう。 
そう考えただけでもふつふつと怒りが湧いてくる。 
あの広間には女子供も多くいた。中には明らかに怯えきって震えている者や泣いている者もいた。 
誰一人、戦いたくてあの場に来たものなどないのだろう。 
雪の女王は、それを創造主の意志だと言った。 
その創造主は神と思ってよいと。 
「愚かなことを……!」 
何故あの場で反論できなかったのだろう。 
女王の貫禄に押され、反抗の声を飲み込んでしまった自分を恥じる。 
他者を理不尽に押さえつけようとする力には、いつも声を上げて抵抗してきたはずではなかったか。 
まして、神の名を汚すようなあの発言。 
戦う術さえ持たぬ者に無意味な殺し合いを強制することが神の御心であるものか! 
「すべてはあの女、あの魔女だ!」 
ロビンは怒りに燃えて城を睨んだ。 
強大で理不尽な力に従わされることをよしとしない勇士の魂に火が灯る。 
「なんとしてでも雪の女王を倒す!」 
ロビンは己に誓う。 
いつだって自分は弱い者のために、虐げられた者のために戦ってきた。 
今度の敵が魔女であろうとその信念は変わらない。 

問題は、魔法である。 
すでに城のまわりは禁足地となっており、立ち入れば首輪の魔力で死ぬことになる。 
それ以外にもあの女王が未知の魔法を使ってくる可能性は高い。 
魔法といえば、彼に支給された武器もその類だった。 
宝石に飾られた美しい短剣で、説明書によると人魚の魔力を秘めた剣であるという。 
添えられた文句には『この剣で愛する者を殺せば、汝の命は永らえるであろう』とある。 
実際はどれほどの力があるのかは知らないが、まったくもって不愉快だった。 
自分の命を永らえるために愛する者を殺すものなどいるはずがあろうか。 
彼は首を振って説明書を握りつぶした。 
悪趣味な殺し合いと悪趣味な武器。雪の女王のいう創造主とやらは相当に性質が悪い。 

そこまで考えた時、小さな悲鳴が彼の耳を打った。 

ロビンの反応は素早い。彼は丘を駆け下りると、悲鳴のした方角へと走った。 
すぐに一人の少女が大きな狼の前で立ちすくんでいるのを見つける。 
「いかん!」 
ロビンはすばやく背中に手をやろうとして、今の自分が弓を背負っていないことを思い出し舌打ちした。 
弓さえあれば狼など一撃で仕留めてやるものを。 
今自分の手にあるのは慣れ親しんだ弓ではなく、得体の知れない魔法の短剣だけだった。 
しかし、迷っている暇などない。 
ロビンは低く短剣を構えると、狼に斬り込んでいった。 

ロビン・フッドは弓の名手。 
それは誰もが認める事実だったが、剣の腕とて人並み以上には持っている。 
彼の短剣は、狼の片耳を鋭く切り裂いた。 

その瞬間、ロビンには信じられないことが起こった。 
狼が、悲鳴を上げたのだ。 
「いってええええええーーーーーーー!」 
人間の言葉で、である。 
「てめぇ、この野郎! 何しやがる!」 
狼は唸ると同時にロビンに飛びかかってきた。 
それをなんとかかわして再び短剣を構える。その隙のない動作に狼の目が剣呑に光った。 
「フン、やぁな野郎だ。狩りに慣れてやがんな。オレ様のだいっ嫌いな猟師どもの同類かよ」 
「さてな。おれは言葉をしゃべる狼なんてものは初めて見るが」 
ロビンはすでに軽口を叩けるだけの冷静さを取り戻していた。 
魔法が幅をきかせている世界ならば、狼が口をきくぐらい当然かもしれない。 
「ケッ。このオレ様をそんじょそこらのオオカミと一緒にするなよ。オレ様はこの世で最も賢くて強いスーパーオオカミ様よう!」 
狼は得意気に言うと、べろりと舌なめずりをした。 

「おい、人間。てめぇごときがオオカミ様の食事を邪魔しようなんざぁ百年早いぜ。そこどきな」 
「狼ごときが思い上がったものだな」 
ロビンはそう言うと高らかに名乗った。 
「おれの名はロビン・フッド。シャーウッドの森の騎士!我が戦いはか弱きもののために!」 
「ちっ、カッコつけやがって! てめぇから食ってやる!」 
狼が、再びロビンに襲いかかる。 
明確な殺戮の意図をもって繰り出される野生の牙を、短剣一本で見事にいなしながらロビンは執拗に狼の喉を狙う。 
狼は地面に顎をこするように構えてそれを防ぐ。 
両者は一歩も引かないまま死闘を演じていた。 

少女ゲルダはその戦いを息を呑んで見つめることしかできなかった。 


【D-3/丘のふもと】 
【ロビン・フッド@ロビン・フッド】 
 [装備]人魚の短剣@人魚姫、支給品一式 
 [状態]健康 
【オオカミ@赤ずきん】 
 [装備]支給品一式(未開封) 
 [状態]健康、左耳に裂傷 
【ゲルダ@雪の女王】 
 [装備]支給品一式(未開封) 
 [状態]健康 


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