狼とウサギともう一匹
「水だ」 森を抜け、ぽっかりと開けた場所に池があった。 少年は走り続けた足をようやく止め、慎重に池のほとりに近づく。 格別のどが渇いてるわけでもない。 少年にとって何か叫びながら走ることは、毎日のようにやっていたことだし、 手にした袋の中に水の入った竹筒があるのも確認している。 ただ、襲ってきた緊張感を紛らわすために膝をつき、池の水を飲む。 「へ、へへへ……」 池のほとりに座り、手にした銃を額に押し付けながら笑う。 ひんやりとした冷たさと手にある重みは、いまや少年にとっての力の象徴だった。 (すげえよ、コレ。マジですげえ) ここにつれてこられる前の場所は、少年にとって恐ろしく退屈な場所だった。 『狼だ、狼が来るぞ』と叫んでも、それが毎日のように続いては次第に見向きもされなってくる。 ムカついて、けどその場任せの嘘以外、少年には何の力も無く、それが一層腹立たしかった。 それが、わけもわからず連れて来られたこの島で。 ――人を殺した。 ちょっと顔がいいだけの馬鹿な女を騙し、奪い取った銃を突きつけた。 ポカンとした表情。はじけ飛ぶ血。手に伝わる反動。 最高に気持ちよかった。 いままで腕力で負けてきた大人たちに、この力を見せたら? 膝まづいて涙を流しながら許しを乞う村人を想像すると、笑いがこみ上げてくる。 もし、知識人と称する大人がいたら、「無軌道な若者の…」「甘やかされた若さが…」というたわ言ごと撃たれただろう。 とにかく少年は、銃を、力を振るいたかったのだ。 広間には異形の者もいた。だが彼が手にした銃に敵うはずがない。 その魔法のような力もいつかは尽きることを知らず、少年は笑う。 そこにいたのは青鬼の唾棄する、邪悪な餓鬼だった。 ガサリ。 不意に背後の茂みで音がした。あわてて振り向き、池のふちに足を滑らせた。 水の中に尻餅をついた反動で、思わず引き金を引く。 プシュという音とともに銃弾が間抜けに空に吸い込まれる。 水に半分つかりながら、必死に音のしたほうへ顔を向け銃を構えた。 そして、ガサゴソと音を立てながら、ひょっこりと顔を出したのは一匹の白いウサギだった。 ヒクヒクと鼻を鳴らし、少年の方を見ると不思議そうに首をかしげる。 まるで人間を見たことが無いような振りをしていた。 「なんだよ。ウサギかよ」 ウサギの無害極まりない仕草と、自分の間抜けな姿に思わず苦笑する。 その笑みが別のものに変わる。 いきなり力を得た者のやることは、いつの時代もあまりかわりは無い。 ゆっくりと銃でウサギに狙いをつけ、面白半分に引き金を引く。 けれども弾は空を切った。 けっして狙いが悪かったわけではない。数発しか撃ってない素人としては思えないほど狙いはよかった。 だがそれよりも。 いままで警戒のそぶりすら見せなかったウサギが、銃を向けられ引き金を引きかけたとたん。 横っ飛びに動き、銃弾をかわした。 そのまま、一気に少年の下に走り、池に半分浸かったままの少年の肩に飛び乗る。 「な、何だあ」 「しずかに、しろ」 背後から聞こえた声とともに、少年の首筋に鋭い痛みが走る。 軽くパニックに陥りかけた時、痛みが和らぎまた声がいった。 「わたしを、あなどるな。わたしのハは、おまえのくびすじぐらい、かんたんにきりさけるぞ。わかったら、だまれ」 その言葉にコクコクうなずいて同意を示す。 「おまえのそれ。さっき、そらとわたしにむけて、なにかとばしたな? それはつよいぶきか?」 背後の声がさっきのウサギのものだということにようやく気づき、驚きながらもうなづきを返す。 するとウサギが変なことを言い出した。 「なら、ちからをかせ。やつがくる」 「はあ?」 言われたことが理解できず、間抜けな声を漏らす。 つづく声は苛立ちを含んでいた。 「きこえないのか。このおかしなおとが」 言われて耳をすますと、なにかおかしなリズムのようなものが聞こえてくる。 チクタクチクタクという、時計に似たリズムの音が。 「さいしょのばしょで、おおきなマモノからきこえたおとだ。だがおかしなおとで、いばしょがわからぬ おまえ、そのぶきでやつをころせ。できなければ、わたしがころす」 背後の脅し、次第に大きくなる音、二重の恐怖に震え少年は必死に辺りを見回す。 手にした銃が急に頼りなく思えてきていた。 幸せなら 牙ならそ(チクタク) 幸せなら 牙ならそ(チクタク) エサいたなら 態度でしめそうよ ほら なんでも 食べちまお! 陽気に歌いながら、時計ワニは一人と一匹に近づいていく。 【E-7/池のほとり】 【狼少年@狼少年】 [装備]ペイントガン(赤) 銃(サイレンサー)残弾数 4発 [状態]健康 【ウサギ@因幡の白兎】 [装備]支給品一式。ただし池のそばの茂みに隠しています。 [状態]健康 【時計ワニ@ピーターパン】 [装備]支給品一式(未開封) [状態]健康・空腹
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