羅生門




青鬼は困惑していた。 
城からわけのわからぬ所に飛ばされ、歩き続けた先に、二人の女がいた。 
正確には一人の女と、一体の少女の死体。 
和装に似たきらびやかな着物を着た女と、血に染まった見慣れぬ服を着た死体。 
女は死体の頭を自らのひざに乗せ、まるであやすようにその髪をすいている。 
青鬼がいるのには気づいているはずなのに、こちらを見ることもしない。 
「女、何をしている」 
たっぷり一分が過ぎたころ、ようやく青鬼は声をかけた。 

「見て判らぬかえ。髪をもろうておるのじゃ」 
青鬼へ振り向きもせず、存外しっかりとした声で女が答えた。 
「髪をもろてな、呪を籠める。呪と怨念の篭った髪は何よりも強い縄となるのよ」 
怨念。確かに殺されたものは強い恨みを放つだろう。 
ならば、目の前の少女を殺したのは……。 
「お前が殺したのか」 
「いや、わらわが来た時にはすでにこと切れておった。 
 始まって早々に誰やらに殺されたのであろうな」 
そこで初めて女の顔が、青鬼を見た。 
その驚くほどの美貌に、にぃ、という笑みを浮かべる 
「信じるも、信じぬのもそちの勝手じゃがの」 
いい捨ててまた髪を梳く。 
サラサラと……ひとすじ抓み。 
またサラサラと……ひとすじを抓む。 

何もかわったことなど無いといった女の仕草に、青鬼は息を呑む。 
「殺し、殺したのでないなら、なぜそのようなことをする。 
 何故礼を尽くして、弔ってやらぬ。 
 いや、それよりもおかしいとは思わぬのか、こんな、こんな……。」 
殺しあいを。 
言葉に詰まった青鬼を、女が面倒そうにみる。 
その美貌には「鬼としか思えぬ身で何を言っているのじゃ、こやつは?」とはっきり書いてあるようだった。 
「おかしくはあるまい。 誰かを押しのけねば、生き残れぬは世の理。 
 雪の女王とやらのやり方は、些か雅に欠けるがのう」 
喉の首輪をさする女。 
「時をかければ術を編めば、この忌々しい首輪も外せるかも知れぬ。 
 そのためにも、まずは生き延びなくてはの」 
「だ、だがそうせねば生きられぬからといって、死者を辱めてよいことがあるか!」 
青鬼の反論に、女の呆れたような顔が一層濃くなる。 
それから面白いものを見つけたといわんばかりに目を細め、青鬼に向けて言う 
「しかしのう、この女とてこうされても仕方はあるまい」 
そういって少し離れた地面を指差す。 
「見や。あそこにも血だまりがあるわ。この女のものではない血だまりがの」 
女は死体の顔を挟み、自らのほうへ向ける。 
「のう、ぬしとて誰かを傷つけ殺し合い、その果てに躯を晒したのじゃろう? 
 かほどに見目良き顔に、さぞかし凄まじき修羅を見せたのであろうな。 
 主ならば、そんな主ならば、わらわが髪をもろうても文句はいわぬであろう?」 
何にも映さぬ瞳に目を合わせ、くつくつと女が笑う。 

吐き気を堪えるように口を押さえ、青鬼は後ずさる。 
もう青鬼には興味もない、と再び髪を梳き始める女を見るうちに。 
青鬼の裡にどす黒いものが沸き起こってくる。 
「ならば……ならば」 
青鬼の口から押し殺したような呻きがもれ、目がぎらついた光を帯びる。 
そんな青鬼の変化を知ってか知らずか、女が言う。 
「おお、お主もわらわを殺すがよかろう」 
嘲るような女の声に、狂ったように青鬼が飛び掛る。 
だが、女を掴みかけた一歩手前、青鬼の体が不意に動きを止め、どうっを音を立てて地面に転がった。 
「な、なんだ、これは!?」 
みれば青鬼の体に細い金色の糸のようなものが巻きついている。 
金色の細く長くしなやかなそれは、ラプンツェルの髪。 
簡単に千切れそうな髪の毛が、青鬼がどれほど力を籠めようと切れることなく、かえって体に食い込んでくる。 
「ほんに愚かじゃのう。いうたであろ。女の髪は何者にも切れぬと」 
ゆっくりと女が立ち上がる。 
その手には中に撒いた髪の残りと、隠し持っていた鋭い鎌。 

「うおっ!!」 
振り下ろされる鎌を青鬼は必死に転がってかわす。 
だが避けきれず左のひじを半ばから、ざっくりと切り裂かれた。返す刃が浅く背中を裂く。 
「足掻いても苦しむだけじゃ。おとなしゅうせい」 
顔に飛び散った返り血をぬぐい、ゆっくりと女が言う。 
その顔を見、恐怖に駆られ。 
「がああああぁぁっ!!」 
青鬼が渾身の力を振り絞る。糸に力は抑えられ、拮抗し、溢れだし、そして。 

  ぶちっ! 

切れた。 
いやな音と共に切れた。 
糸ではなく、青鬼の左腕が。 
左腕が肘の傷口から裂け千切れ、かわりに糸が緩み青鬼を開放する。 
叫びは意味を成さず、踊りかかる青鬼を必死で女がかわす。 
なおも飛びかかりかけた青鬼だったが、左腕を失った体は常の動きができず、ガクリとひざを突く。 
「ほほほ、なるほど鬼じゃ。血にまみれ人を襲う下賎の鬼じゃ。 
 此度は引くとしよう。じゃがその体、何所まで生き延びれるかのう」 
ひざを突いた青鬼に言い捨てて、女は西のほうへと走り去っていく。 
追いかけようにも、死に物狂いの力を振り絞った反動か、青鬼は立ち上がることすらできずにいる。 
ただ女の哄笑を聞いていることしかできなかった。 
荒い息は次第に収まっていく。 
死体から上着を剥ぎ、布を裂いて左腕をきつく縛る。 
かろうじて血は止まる。鬼の体力なら何とか持つだろう。 
だが。 
(みたか、赤鬼よ。) 
村人と友達になりたいと嘆いていた友を思い出す。 
そのために知恵を絞った。力を貸し、友とも別れた。 
(あんなおぞましきものと親しくなりたかったのか、お前は。 
 あんな、あんな、あんな……) 
目の前に転がる死体をみる。 
美しい少女。だが彼女ですら、誰かを傷つけたのだとあの女は言った。 
(鬼、鬼、鬼……) 
女の声と哄笑が響く。 
そして青鬼は一つの決意を固める。 

少女の下にしゃがみこみ許しを請う。 
「恨むまいな。こうせねば、俺は生き延びる覚悟ができぬ」 
ぶちり、と肉を裂く音がする。 
ごきり、と骨を食む音がする 

辺りには濃厚な血の匂いが漂う。 
中でもひときわ血の匂いが漂うところに青鬼がいる。 

引き裂いた腹から臓物を引きずり出し、口元に運ぶ。 
二度、三度咀嚼し、えずいて口元を押さえる。 
だが一片たりと吐くことなく、次の肉をつかむ。 
悲壮な顔で、血の涙を流すように、それでも休むことなく。 
片足で押さえ、片腕で肉をちぎって食らう。 

それを見たものがあれば、欠片の疑いも持たずその正体を悟っただろう。 

俺は鬼だ。 
人を喰らい、ただ生き残る。 
ただそれだけの鬼だ。 

声無き青鬼の慟哭があたりに満ちる。 


【E-6】 
【青鬼@ないた赤鬼】 
[装備]支給品一式 
[状態]左腕が半ばから千切れています。 

【E-5】 
【乙姫@浦島太郎】 
[装備]鎌、支給品一式、ラプンツェルの髪(相手に絡みつき行動を束縛する。二度使えるだけの量) 
[状態]健康 


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