蟹座の正義




「えらいことになったガニー」 
なんとか川辺にたどり着き、一息入れながら蟹が呟いた。 
思い出すのは、殺し合えと命じる冷たい言葉。 
理由も無く、おそらくは意味も無い、ただ命を弄ぶだけの殺し合い。 
「そんなことに大義も何も無いガニ」 
もとより蟹は正義感が強い。 
憤りに鋏を振り回し、無慈悲で冷酷、残虐非道にして悪逆極まりない雪の女王への悪態をつき、 
その行為には正義の鉄槌と公正な裁きを下ることを天に向かって訴える。 
できることならその断罪を自ら行いたいぐらいだ。 
両手の鋏を駆使して、あの高慢ちきにすました顔から「目!耳!鼻!」と順番に削ぎ落としたらどんなに爽快だろう。 
そんな風にひとしきり女王への弾劾を終えると、今後について考えてみる。 
そう、蟹には使命がある。母蟹の仇討ちという誓いを、果たさずに死ぬわけにはいかない。 
まずは生き延びることを目標に、武器が入っているといって渡された袋の中身を確かめる。 

「……これは嫌がらせカニ?」 
袋から出てきたのは、大きな鉄鍋。 

武器としてどうかという前に、自分の体より一回り小さいとはいえ 
水を張って十分浸かるぐらいという、深さと大きさがいやな感じだった。 
鉄鍋を前に考え込む蟹。その背後からガサリと繁みの揺れる音がした。 

背後からの音が聞こえた瞬間、鍋の取っ手を挟み回り込むように横移動を開始する。 
咄嗟に振り向こととのできない体が恨めしいが、すぐ傍には海がある。 
いざとなれば水に飛び込む用意をした時、ふと思いついて目の前の鍋を逆さにかぶってみた。 

……ぴったりだった。 

「おぉ…」 
背中を覆う安心感に思わず嘆息する。 
(これさえあればきっと母上も、柿をぶつけられて死ぬなどという屈辱をあじわなかったガニ) 
母の無残な最期を思い出し、こぼれる涙をぬぐう。 
おもえば母を失ってからは苦労の連続だった。 
母を殺したサルをお上に訴えても、代官は取り合ってくれない。 
噂ではサルがどこからか持ってきた金銀財宝で、代官はとっくに買収済みだと聞いた。 
ならば、我らで正義を行おうと101匹の兄弟たちと誓い、過酷な修行に挑んだ日々。 
厳しい修行に耐え切れず、一匹、また、一匹と倒れていく兄弟たち。その無念を思うと……。 
(駄目ガニ! しっかりするガニ!) 
再びあふれそうになる涙をぐっとこらえる。 
その時になって気づいたが、ガサガサという音が聞こえなくなっていた。 
そっと鍋のふちを持ち上げ、辺りを窺うが誰もいない。 
(どういうことガニ?) 
ふちを持ち上げたまま、しばし動きが固まる。 
「そうか! この完璧な防御の前には全てが無駄だと悟ったガニ。 
 誰だか知らないが、的確な判断と実にすばやい撤退ガニ」 

その背後では……。 
(何なんだろうな、こいつは?) 
桃太郎がそう思いながら、足元で騒ぎ立てる蟹(鍋の中身)を見下していた。 

桃太郎は悪を討つために歩き続けていた。 
少し前に聞こえた、「人殺しー」と叫ぶ声は南の方に遠ざかり、 
叫ばれた相手が追いかけるかとも思ったが、後に続く気配が無い。 
だから、人殺しの妖精を追い詰めるため、北のほうに向かって歩き続けたのだが、見つけたのはおかしな蟹だった。 

鍋に隠れる前に見たときは、一抱えはある鍋と同じぐらいの巨大な蟹で、おまけに何やらわめき散らしていた。 
よく聞き取れなかったが、正義だの裁きだのと言った言葉が聞こえてきたからには、悪ではなかろうと判断した。 
ところが、声をかけようと繁みから出た途端に、鍋の中に隠れてしまう。 
あっさり後ろに回りこむと、今度は何やら勝利の声を叫びだす。 
(見なかったことにするか?) 
一瞬そう思いかけたが、こんなのでも人手(?)にはなるだろうと思い直した。 
「おい」 
しゃがみこみ鍋を叩きながら声をかける。 
たちまち蟹は鍋の中に引っ込んで、わめき出す。鍋に反響して何を言ってるのかさっぱり判らない。 
「おい、いいから聞け」 
こいつ、蟹じゃなくてヤドカリかと思いながらもう一度声をかける。 
「俺と一緒に悪を討たぬか?家来になれば……」 
そう言って袋に手を伸ばしかけた自分に、思わず笑う。 
(そういえば、持ってなかったな。第一、蟹が食うわけないか) 
そのときになってようやく。 
ひょっこりと鍋のふちから目が生えた。 

【B-5/海岸】 
【桃太郎@桃太郎】 
[装備]黒い大鎌(1m強) 支給品一式 
[状態]健康 

【蟹@さるかに合戦】 
[装備]鉄鍋 支給品一式 
[状態]健康 

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