船なし船長と小小娘




「おのれ女王どうしてくれようっていうか今からどうしようと泣きそうな我輩」 
 砂浜にうずくまり、鈎爪で砂を掘るのはネバーランドの海を股に掛ける悪漢・フック船長である。 
 だが船もなく手下もおらず、しかし憎きピーターパンや好戦的なインディアン娘はいるという現状。 
 連中に妙な噂でも流されてしまえば特徴的すぎる自分は恰好の的になってしまう。 
 いや、それぐらいは別にいいのだ。よくはないがいいのだ。 
 だが。 
「何でどうしてあの年がら年中食人依存症の馬鹿ワニがいるのか適切な説明を要求したいのである……」 
 ワニはまずい。ピーターパンの二百倍ほどに天敵認定。何せ左手の仇。 
 逃げに徹すれば何とかならないこともないだろうが、閉鎖された島の中、いずれ追い詰められる。 
 それに、利益もないのにわざわざ自分の手を汚して人を殺すというのも気乗りしない。 
 ならば粘っても逃げても最終的に死ぬということになる。 
 左手の鈎爪があれば少々の剣士なら相手にできるだろうが、遠くから射られでもしたら終いだ。 
 苦しくたって悲しくたって海賊船の上なら平気なのだが、 
「むぅ、涙が出てしまう。陸に上がったカッパだもの」 
 髭を撫で、忙しなげに辺りを見回し、ため息をつく。 
「とりあえず隠れる場所でも探すとするか……ここから退散する方法を考えるのである」 
 立ち上がり、尻の砂を払う姿に海賊の威厳は見受けられない。 
 沿岸に洞穴でもないかと首を回すと、 
「……む。あれは何であるか?」 
 砂浜に、自分が背負っているものと同じ袋が落ちていた。 
「……ふむ。我輩の観察眼によるとこれは袋であるな」 
 うむ、と頷き己の明察に満足する。 
 濡れてもいないため、流れ着いたわけでもあるまい。 
 他の誰かが落としてしまったのだろうか。 
 食料や水が入っているのだから、これがなければ難儀だろうに。 
 落とした人物の不幸を嘆き、しかし何か思いついたように首を傾げる。 
「待てよ。我輩海賊。海賊、物奪う。落ちてる物、奪っても特に問題なし。故に我輩これ持っていって良し?」 
 ならばならばと拾って中を確認しようとすると、袋の口はきつく縛られたように開かない。 
 自分の袋はあっさり開くというのに、これはどういうことか。 
「成る程。これは俗に言うトンチというやつであるな。袋が開きにくい、ならばどうすべきか」 
 考えた。 
 必要なのは思考の飛躍。出題者の意図を読み取る力だ。 
 閃いた。 
 結論として、フック船長は心持ち強めの力で開くことにした。 
「ぬ、ぬ、ぬぁっ!」 
 片側に鍵爪を引っかけ、右手で思い切り引っ張った。 
 効果は覿面。傘のようにぱっと口が開く。ここまでは予想通り。つまりここからは予想外。 
「きゃあっ!?」 
 中から鈴を転がすような小さく涼しげな悲鳴が聞こえる。 
 袋の中では、親指ほどの大きさの美しい娘が尻餅をついていたのだった。  
「ひっ」 
 フック船長を見上げると、その娘は見るからに怯えた表情で身体を縮めた。 
 無理もない。黒い顎髭。海賊帽に眼帯、鈎爪。 
 フック船長の姿たるやどの角度からどう見たところで海賊以外の何物でもないのだから。 
「あー、その、ちっちゃき娘よ」 
「こっ、殺さないでくださいっ!」 
「いや我輩はこう見えて」 
「ひ、ひどいですっ! 鬼畜! 外道! 人の話を聞いて下さいっ!」 
 フック船長は袋の口を閉めた。 
 中から「ひー」と聞こえるが、まぁさっきから中にいたのだから問題ないだろう。 
(ピーターパンの妖精の仲間であるか? その割には喋っておったし羽もないが) 
 とりあえず口が悪いのは怯えてるせいだろう。ここは大目に見るのが大人というものだ。 
「そのままでいいから聞け。我輩はフック。こう見えて海賊の主である」 
「やっぱり海賊じゃないですか! 悪魔です! 社会の最底辺です!」 
 自己紹介に失敗した。 
 長らく続いた海賊生活でコミュニケーション能力が低下したのだろうか。とんでもないことだ。 
「ほれ、ここには船もないわけで我輩陸に上がったカッパ。つまりただの紳士なのである」 
「カッパですか。はっ!」 
 とりあえず仕置きとして袋を軽くシェイクしてみた。 
「う」と「や」の間の音を延ばしたような悲鳴が響く。 
 静かになったところで再びコンタクトを試みた。 
「落ち着いたかね?」 
「混乱しました……」 
「それは良かったのである」 
 髭を撫で、袋の口を再び開いた。 
 掌に乗せた娘は、まだ疑わしげにフック船長を見上げている。 
「見れば見るほど小さい娘であるな。小さい小娘ということで小小娘というのはいかがだろうか」 
 ちなみにショーコムスメと発音する。 
「……ええっと、私を殺したり潰したり海に捨てたりしないんですか?」 
「そんなことしても腹は膨れないのである」 
 心外そうに言うフック船長を前に娘はおおよそ1分ほど悩み、 
「……私は、親指姫と言います」 
「ははは小小娘以上に見たまんまでへちょい名前であるな、って痛い痛い噛むのはやめてほしいのである!」 
「左手がフックだからってフックなんて名前の貴方に言われたくありません!」 
「むぅ正論。正論小小娘というとセイロンティーみたいで趣があるのであ、だから噛まないでいただきたい!」 
 どうやら小さい身体に無限の闘志を秘めた娘らしい。 
 見た目は花から産まれたような可愛らしさなのだが。 
「しかし君はあの女王の口車に乗る気はないのであるな?」 
 確認のために聞くと、花がしおれるように親指姫は俯いた。 
「こんな体じゃ袋も運べませんし……変な海賊とかに見つからないよう隠れることしかできません……」 
「難儀なことであるな。心細いなら連れていって差し上げるが?」 
「海賊なんかといたら余計危ないです。私はこの袋に篭もりますから、さっさとどっか行ってください」 
 べ、と舌を見せると親指姫はぴょいと飛び降りて着地。袋に入っていった。 
 身長の10倍以上はありそうな高さからだったが、軽いと衝撃も小さいのだろう。 
「別にそっちがいいなら止めないであるが……海のプロ的に言うとここはあと少しで潮が満ちるのである」 
 再び顔だけ出した親指姫は、控え目に見てもべそをかいてるように見えた。 
 結局親指姫は海賊帽の上に乗ることになった。 
 当座、落ち着ける場所で状況を整理するのが先決と判断してのことだ。 
「君は後ろを見張るのである。特に時計の音が聞こえたりワニが見えたりしたら即刻知らせよ」 
「ワニ……って、そんなの見たらそりゃ教えますけども」 
「何故か我輩を食いたいらしく、どこでも現れて追っかけてくるのである」 
「神さま……この疫病神を何とかしてください……」 
「疫病神も神である故何とかしてやるのである。神曰く、超頑張れ」 
 帽子の頂点に叩き付けられる拳を無視し、二つになった袋を見る。 
「そういえば袋の中には何が入っていたであるか? 逃げるのに役立つものがあればいいのであるが」 
「ナイフでした。その、お食事用とかでなくて怖い感じの。私には大きすぎるんですが」 
「不平等極まる。小者には小者用の小者装備を配るべきであるというのに。女王め」 
「怒りは溜めて敢えて流しますけど、そちらの持ち物は?」 
「おおそうであった」 
 我が身の不幸を嘆くあまり確認を忘れていた。 
 頭をあまり動かさないようにして袋に手を突っ込むと、早速何か硬いものに手が触れた。 
「さて大砲であるか財宝であるか……っと」 
 出てきたのは金属でできた板。端に『首輪探知機』と書いてある。 
 その板の中央では二つの光点が重なり、頼りなげに点滅していた。 

【J-5/砂浜】 
【フック船長@ピーターパン】 
 [装備]首輪探知機、左手の鈎爪、支給品一式 
 [状態]健康 
【親指姫@親指姫】 
 [装備]コンバットナイフ(人間サイズ)、支給品一式  ※袋を持つのはフック船長 
 [状態]健康 

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