等価交換





彼女はこの状況にあまり動じていなかった。 
もともとが戦いに生きる種族の生まれだ。 
自分を守るため、愛するものを守るため、誇りを守るため戦うのは当たり前のことだった。 
もちろん、あの女王とやらの言いなりになって、無意味な殺し合いをするつもりもない。 
それは聖なるものである戦いを汚す行為だ。なんて高慢な女なんだろう。 
タイガーリリーは雪の女王の澄ました冷たい顔を思い出し、フンと鼻を鳴らした。 

勇猛なるインディアンの酋長の娘である彼女は、その誇りを受け継ぐ勇敢な女戦士だった。 
海賊船にナイフをくわえて一人で乗り込むほどの度胸を持つ。 
だから不審な人間を見つけても、彼女は恐れたりはしなかった。 

タイガーリリーはそのへんで拾った石を握り締め、不審人物にそろそろと近づいていった。 
自然にあるもの全てが武器となり道具となる。彼女はそれをよく知っていた。 

彼女の視線の先では、森の中に急に開けた小さな野原で、一人の男が小枝を積み上げている。 

「お前、何している」 
タイガーリリーは鋭く言った。 
「何をしているかって? 何かをしているのさ」 
男はくるりと振り向いて、人を食ったような返事をしてきた。 
大きな帽子を頭に乗せた白人の男で、目元はニヤニヤと笑っている。 
タイガーリリーは鼻白んだが、そこはもともと気の強い娘のこと。むっとして言い返す。 
「おかしな奴、質問に答えろ!」 
「俺様がおかしな奴だって?」 
男は突然ケタケタと笑い出した。 
「そりゃあおかしいとも。俺様はイカレ帽子屋だもの。お嬢さん、あんたはおかしくないのかね?」 
「私、おかしくない!」 
タイガーリリーはきっぱりと言い切った。 
「そりゃ残念」 
帽子屋はつまらなそうに言って肩をすくめた。 
そして、それきりタイガーリリーに興味をなくしたようで、またそこらに落ちている木の枝を拾っては積んでゆく。 
どうしても気になってタイガーリリーは再び尋ねた。 
「枝、集めてどうする?」 
「たき火をするに決まってるさ」 
帽子屋は手を休めずに言った。タイガーリリーはむっとする。まさか森を焼く気なのでは、と思った。 
なんのためかは知らないが、不遜で愚かな白人は平気で自然を壊すのだ。 
しかし、帽子屋の続く言葉は予想外だった。 
「そしたらお湯をわかすのさ。お湯がすっかりわいたなら、おいしいお茶を入れるのさ。イッヒッヒッヒ」 
帽子屋は聞かれもしないことまでべらべらしゃべって、またけたたましく笑った。 
タイガーリリーは呆れてさっさと踵を返す。 
しかし、あらかた周囲の枝を拾いつくした帽子屋が、ぱんと大きく手を叩いたので思わず振り返ってしまった。 
「そうそう、こいつを忘れちゃいけない」 
袋から何かを取り出した帽子屋が、それを焚き木の山の上にちょこんと乗せるのを見てぎょっとなる。 
それは、とても立派な弓と矢筒だった。 


「いけない!」 
タイガーリリーはつかつかと歩み寄ってくると、弓と矢筒をすばやく奪い取った。 
「弓、火にくべる、ゆるさない!」 
大きな目で、キッと帽子屋を睨みつける。 
「武器は勇士の魂。インディアン、勇士の魂を汚すもの、許さない!」 
背筋をぴんと伸ばし、大声で宣言する。 
しかし、帽子屋はタイガーリリーの剣幕にまったく怯むことなくうんうんと頷いた。 
「なるほどなるほど。お前さんもおかしなことを言うもんだ。こりゃ素晴らしい」 
このイカレた帽子屋の理論では、すべては狂っているのが当たり前であって、おかしなことが正しいことであった。 
インディアンの理論は彼には意味不明だが、意味不明なことはおかしなことであって、すなわち正しいこと。 
そして、おかしなことを高らかに叫ぶこの娘はたぶん狂っているのだから、だとしたらそれは彼にとって正常だ。 
帽子屋はさきほどとはまったく違う興味しんしんの目つきで、タイガーリリーを頭からつま先まで眺めた。 
頭に鳥の羽を挿して黒い髪を三つ編みにし、日に焼けた浅黒い肌の中で、真っ黒な瞳がきらきらと輝いている。 
ガウンのようなゆったりした服を着て、履いてる靴はなんと布だ。 
顔は可愛らしいが、見れば見るほど変な娘だった。 
「こいつはおかしいや。体中が真っ黒で、おかしな服におかしな靴、こんな娘ははじめて見たぞ! 
言葉もなんだかおかしいぞ。言ってることはまったくおかしい。なんて素敵におかしいお嬢様だ」 

しかし、タイガーリリーは帽子屋の言葉などもう聞いていなかった。 
目の前の変な男のことより、自分が手にした弓に夢中だったのだ。 
見れば見るほど美しく、しなやかで、力強い立派な弓だった。 
「すごい、きれい、すてき」 
それもそのはず、それはシャーウッドの森に生えるイチイの木の堅い枝で作られたロビン・フッドの愛用の弓であった。 
弓の名手として名高いロビンは弓作りにかけても超一流。 
それは人種を越えてインディアンの女戦士を感動させるほどの逸品だった。 


弓にうっとりしているタイガーリリーの姿に、帽子屋の目がきらりと光った。 
「娘さんや、ねえ、きみ、そいつをとてもお気に入りのようだねえ」 
帽子屋は猫なで声を出した。 
「だが、そいつは俺のものだ。人のものを勝手に取ったらそりゃドロボー」 
タイガーリリーはハッとなった。 
誇り高い部族の娘が泥棒なんてとんでもないことだ。それでは自分が憎むあの海賊たちと一緒ではないか。 
「悪かった、返す!」 
あわてて弓をつっ返そうとする彼女に、帽子屋はいやいやと首を振った。 
「まあ、待ちたまえ。俺だってなにもあんたさんに意地悪で言ってるわけじゃあないんだね」 
「?」 
「そいつをくれてやってもいいんだよ。ただし俺様の欲しいものと交換だ」 
「お前、欲しいもの、なんだ?」 
タイガーリリーは身を乗り出して聞いた。瞳がらんらんと輝いている。 
物々交換なら、泥棒ではない。 
「そりゃあもちろんティーセットさ。あれがなけりゃあ、お茶は飲めないからねえ」 
「あれば、弓をくれるか!」 
「もちろんだとも! お前のような小娘に簡単に手に入れられっこないが」 
「わかった! やる!」 
帽子屋の皮肉を最後まで聞かず、タイガーリリーは袋の中から箱を取り出して突きつけた。 
箱を開けた帽子屋は、飛び上がって驚く。 
ティーポットにカップとお皿が一揃い。角砂糖の入ったシュガーポットに、紅茶の葉が数種類。 
「こいつは驚いた! みごとみごとのティーセットじゃないか!」 
「どうだ! インディアン、嘘つかない!」 
タイガーリリーは得意げに胸を張った。 
そしてもう今度こそ用済みとばかりにくるりと踵を返して、つかつかと歩き去ってしまう。 


「なんてこった! マッチ、マッチがないぞ。火がつけられないじゃないか! マッチはどこだ! やかんもいるぞ!」 
帽子屋が背後で叫んでいたが、タイガーリリーはもう聞いていなかった。 
弓を手に、意気揚々と森を後にする。 
素晴らしい武器を手に入れた。あとは愛するピーター・パンとにっくきフック船長を探すだけだった。 


【I-3/森の中】 
【タイガーリリー@ピーターパン】 
 [装備]ロビン・フッドの弓@ロビン・フッド、矢筒(矢20本)、支給品一式 
 [状態]健康 
【イカレ帽子屋@不思議の国のアリス】 
 [装備]ティーセット@不思議の国のアリス、支給品一式 
 [状態]健康、狂気(もとから) 

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