鬼哭奇譚




 酒呑童子が目を開くと、そこは強風の吹き荒れる断崖の頂上だった。 
 先刻まで居た寒々しい城は影も形もない。 
 見晴るかせば、眼下には黒く夜の島が広がっている。 
 如何なる手段を用いたか、その身は一呼吸の間もなく何処かへと運ばれたらしい。 
「……面妖な。いや、それを言うなればあの広間自体が面妖であったか」 
 荒らした村々でもついぞ見たことのない建築様式の城。 
 そもそも見た目より何より、あの城は酔狂にも氷で作られていた。 
 同族――鬼もいたようだが、奇妙な格好をした人間や、明らかに知能を持つ動物の姿も目立っていた。 
 そして雪の女王と名乗る、鬼心さえ凍てつかせるような美貌の女。 
「あの面々全てを殺せと……この酒呑童子に命じるか」 
 薄赤い顔を更に怒りの朱に染め、その場にどっかと腰を下ろす。 
 喉にかかる首輪の感触が不快で仕方がなかった。 
 腰の徳利を呷ろうとし、しかしその手は空を切るのみ。 
 酒までも取り上げられてしまったらしい。 
 苛立たしげに、唯一の持ち物である袋をひっくり返す。 
 水の入ってるであろう竹筒、地図、握り飯に紙と……硬いが筆らしきもの。 
 時を刻む道具と方位を刻む道具――何故かそれは分かった――と、名簿。 
 そして…… 
「臼、か?」 
 袋から転がり出たにしては大きい……が、酒呑童子にしてみれば持ち運ぶに支障ない程度だ。 
 木製で、運ぶためだろうか左右に穴が空いている。 
 鬼の膂力で振り回せば、扱いにくいにせよ鈍器にはなるだろう。 
 他には埃一つ出てこず、仕方なく酒呑童子は竹筒の水をぐびりと呷る。 
 酒の刺激はないが、喉に液体を通せば誤魔化しにはなる。 
 地図を見れば、自分のいる断崖は島の北端にあるようだ。 
 恐らくはあの広間にいた“参加者”は島中にばらけさせられたのだろう。 
 氷の城は島の中心と言っていたが、未明の空の下では見ることができない。 
 左手に灯台、右手に山が見えるばかりだった。 
 強風が吹き荒れるも、島は静かなものだ。 
 それは未踏の場所に隔離されたとも取れるが。 
 如何に猛ろうとも、さすがに島から脱出することはできそうにない。 
 魔法の首輪など妄言だと思っていたが、現実に自分はこの断崖へと飛ばされたのだ。 
 命を落とす危険性を踏まえてまで首輪をむしり取る気にもなれない。 
「つまり……座して死を待つか、鏖殺に走るかということか」 
 最後の一人になれば。41人を皆殺しにすれば、大手を振って帰れるという仕組みだ。 
 己の居城、大江山へ。 
 人間如きを殺すのに今更罪悪感もない。動物ならば尚更だ。 
 だが同族殺しはさすがに抵抗がある。 
 鬼を束ねる身であるからこそ、同胞への思いは強い。 
「争うことがあったとして、それは最後に我らだけ残った場合のみにしたいな」 
 ふと漏れ出た言葉に、彼は自分が女王の言葉に従おうとしていることに気付いた。 
(仕方あるまい。妖術や陰陽道の類にとんと疎い身なればな) 
 言い訳するように今一度水を呷ると、道具を袋へ仕舞い、酒呑童子は立ち上がった。 
「我に命令するのならば、それなりの対価を払う覚悟はあるのだろうな」 
 袋を背負い、臼を片手で持ち上げる。 
 そして、斜面を一気に駆け下りた。 
 元より山は鬼の領域。少々の斜面など走り心地の悪いただの道に過ぎない。 
 駆ける。鬼が駆ける。 
 岩肌を逞しい足の五指で掴み。その体躯をただひたすら前へ。 
 膨れ上がり躍動する脚筋が鬼を地へと運ぶ。 
 吼える。鬼が吼える。 
 日の昇らぬ空に響き渡る。生き物を萎縮させる叫びが響き渡る。 
 島の如何なる生物にも存在を隠す必要がないという傲りと誇りが大気を揺らす。 
 小細工は人間の所業。 
 鬼の所業はそれに対する正面突破だと言わんばかりに。 
「殺せと言うなら殺して見せよう、雪の女王。そして……」 
 牙を見せ、にぃと笑う。 
 鬼が笑う。 
 そこに在る情動は、ただ欲と憤怒のみ。 
「我は帰還する。手土産が貴様の身ならば、この慮外を補って余りある」 
 手元の臼が微かに動いた気もしたが、そのような細事でもはや鬼は止まらない。 
 大地へ暴力が降り立つ。 

【A-6/断崖】 
【酒呑童子@御伽草子】 
[装備]臼@さるかに合戦 支給品一式(水:残り半分) 
[状態]健康 

前話   一覧   次話







SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送