片言の願い




雪の女王の城から西、地を駆ける一つの影。 
長く伸びた脚で地面を蹴り、人間離れした速さで西へ向かっている。 

影は一度立ち止まり、後ろを振り返った。 
野性じみたその影の正体は、まだ年端も行かない少女であった。 
身に纏った服――と言うには余りに粗末な物ではあるが――は少女の皮膚を申し訳程度に覆っている。 
野生の中で成長を遂げた、すらりと伸びた四肢は美しいとも言えるだろう。 
寂しさを湛えた黒い瞳は遥か遠くを見据え、端麗な顔は悲しそうな表情を浮かべていた。 

視線の先には、氷の城。 
多くの人間と、あるいはそうでないものも集められた居城。 

気付けば彼女もそこにいた。 


綺麗な月の晩だったのに。 
安らかに眠りについたはずなのに。 
狼に――『母』に抱かれていた、いつもと変わらない夜だったのに。 
どうしてここにいるんだろう。 

『殺し合いをしなさい』 
心を巡る疑問を全て忘れさせるように、冷たく響く女王の言葉。 
霞んだ記憶を辿りその言葉の意味を理解した時に体を駆け巡った悪寒は、今も彼女の心の中に沈んでいる。 


今この島に渦巻く殺気は、狩をする時の狼というよりも、狩の為に森に侵入してきた猟師の発するそれに酷似している。 
考える事は無くとも野性の勘がそれを理解し、肌が粟立った。 
狼にも、必要な分だけを狩るという鉄の掟がある。 
しかしこの状況ではそれは通用しないだろう。 
誰もが、自分の命を狙っている可能性があるのだから。 
でも。 
「わた…し、ころし…たく、ない。…かえり、たい」 
片言で口にする、心からの願い。 
人間から離れたことで知りえた、傷つく事にも勝る、傷つける事の辛さを、そっと噛み締める。 


再び西を向き、彼女は走り出す。 
その向こうには森が見えている。 

森は私の家。だから森は私を守ってくれる。 
そして―― 
「おかあ…さん…わたしを…まもって…」 
自分を救ってくれた狼を胸に想い、彼女は駆ける。 

狼の寂しげな遠吠えが、どこか遠くで聞こえた、気がした。 


【狼娘@おおかみとむすめ: 
 所持品:未開封 
 現在地:G-6 
 状態:健康】 



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