優しい少女と優しかった誰か




どうしてこんなことになったの? 
赤頭巾は、もう何度目かわからない台詞を心中で吐きながら、一人森の中を歩いていた。 
欝蒼と茂った木々は、丁度おばあさんの家へ向かう道筋を思い起こさせる。 
その足元に可憐に咲く花々や、頭上で鳴き声を奏でる小鳥たちも、しかし彼女の心を晴れやかにはできなかった。 
当然だ。殺し合いをしろなどと言われて簡単に了承できる人間がどこにいるだろう。 
そりゃぁ、人を食べるのが大好きな狼なら別だけれど、私は普通の女の子。 
力が強いわけでもない、特に知恵が働くわけでもないただの娘に、いったい何ができるっていうのだろうか。 
そう思って息を吐いた彼女は、ふと進行方向で一つの影がさっと動いたのに気付いた。 
――誰? 一体誰なの? 
不安に足を止めた彼女は、太い木の影にそっと身を隠しながら頭を僅かに覗かせる。 
相手に気づかれないよう細心の注意を払い、そちらへと目を凝らす。 
男の……人、それも随分なお爺ちゃん……かな? 
くの字に腰を曲げた体勢から判断するに、相手は相当な年寄りなようだった。 
その身に着けた衣装は、彼女の知らない不可思議な形をしていたが、 
先刻氷の城で妖精の姿を見たばかりだった彼女にとって、さほど気に留めるようなことではなかった。 
大丈夫かなぁ。なんだか、今にも倒れちゃいそう。 
こそこそと老人の様子を隠し見ながら、赤頭巾は相手のことが心配になってきた。 
元々お婆ちゃんっ子な彼女にとって、老人は労わるべき、尊敬すべき存在だ。 
それは、実の祖母以外の相手であっても変わらない。 
そしてこんな時でも、彼女の心に染み付いた親切心は曲がりはしなかった。 
視線の先の相手のよろよろと頼りない足取りを見つめているうちに、手を貸したい衝動に駆られたのだ。 
大丈夫……だよね。まさか、あんなお爺ちゃんが人を殺そうなんて思うはずがないし……。 
迂闊にもそう決め付けた彼女は、かさりと木陰から身を乗り出し、老人へと小さな声を放った。 
「あの、そこのお爺さん……? 大丈夫ですか?」 
しかし、声をかけた相手はぎろりと彼女に視線を向けると、射抜かれそうなほど鋭い眼光でこちらを睨み付けてきた。 
その二つの瞳に、どこか狂気に似た色が浮かんでいる事に、見つめ返された赤頭巾は気付いた。 
「爺さん……だ? お前、今俺をジジィって言ったのか?」 
低く殺気立った声で訊ねる口調は、どう見ても老人のそれとは違う。 
皺だらけでカサついた肌、落ち窪み光を感じさせない瞳、しゃがれた聞き取りがたい声。 
それらの一つ一つは、誰が考えても老人特有の物だというのに、何故だろう。 
まるで、若者が老人の皮を着込んででもいるような、ひどい違和感がする。 
背筋がぞくぞくとする嫌な感じ。――この違和感はそう、あの時感じたあれと一緒だ。 
私の最愛のお婆さんを丸呑みにした狼が、いけしゃあしゃあとおばあさんの振りをしていた時と。 
それを思い出した瞬間、赤頭巾の足は勝手に森の奥へと走り出していた。 
逃げなきゃ、早く。少しでも遠いところに。 
きっとあれは狼なんだ。お爺さんの姿をしているけど、本当は人間じゃない。 
無理に服を着て、作り声をして、チョークの粉で頭の毛を白く見せているだけだ。 
だから早く、早く早く離れなきゃ。 
脱兎の勢いで駆け出す赤頭巾。その彼女の後を追おうとして、老人もまた細い木の枝のように骨ばった足を動かす。 
「嫌……嫌だよ……」 
泣きそうになりながらそう口の中で呟きつつ、少女はただひたすらに走った。 
息が切れ、肺と心臓が限界で破裂しそうになりながらも、両足の動き続ける限り駆け続ける。 
走って、走って、走って、走って、ようやっと振り返れば、男の姿は見えなくなっていた。 

念のためきょろきょろと周囲を見渡すが、人の気配は最早ない。 
子供とはいえ、身体が弱っている老人相手に本気を出せばそうそう負けるものではないのだ。 
ほっと安心しながら、しかし赤頭巾は全身を冷たく硬直させていた。 
散々走ってきたばかりで身体は火照っているというのに、反面、心の奥底は恐怖に凍りついている。 
油断していた。信用していた。喋ってもいない人間相手に見た目で勝手に惑わされて。 
……馬鹿だわ、あたし。大馬鹿だ。……これからは気をつけなきゃ。 
どんな人でも、気を緩めちゃいけない。お母さんにだって、いつもそう言われてるのに。 


一方、切り株に蹴躓いて赤頭巾を逃した浦島太郎は、ぶつぶつと空に向かって毒づいていた。 
「……くそっ! 俺は爺じゃねぇ……仕事も女もまだこれからって年なんだよ! それをあの嫉妬女……」 
彼は、自身をこんな姿にした相手を脳裏に思い描き、ぺっと草の間に唾を吐いた。 
目を奪われる麗しい美貌と、鋭い知性とを兼ね備えた竜宮国の女帝、乙姫という名の美女。 
彼から精悍な顔つきや荒々しい肉体を奪い取り、代わりに、このぼろ布のような身体を宛がったあの憎い女。 
「あいつだけは殺してやる……。俺が必ず……」 
老人の口から殺意の言葉が紡がれる様はひどく異様で不気味だった。 
だが、この場にそれを指摘するものはおらず、当の本人もまた、己の外見だけでない内からの変貌振りには気付いていないのだった。 

【G-5/森】 
【浦島太郎】装備:不明 支給品その他 

【G-4/森】 
【赤頭巾】装備:不明 支給品その他 




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