悪に堕ちる狼、悪を狩る死神




 何故こうなったんだろう、と『狼少年』は悩んでいた。 
 以前は何をしていたか。嘘をついて、皆を騙して、面白がっていたはずだ。 
 やがて本当に狼が来た時、それを知った僕は本当に来たことを伝えて回った。 
 その結果はどうだっただろう。 
 誰も、信じてくれなかった。 
 皆の為に言った言葉は誰も受け取ってくれなかった。 
 もう誰も信じてくれない。 
 もう誰も信じていられない。 
 もう誰も信じるに、値しない。 

 ――もう、いいよな? 
 僕はもう誰も信じてくれないのだ。 
 だから、僕は一人で生き残らないといけない。 
 狼少年は、いや。『狼』は一人で生きるんだ! 
 僕は僕らしく、狼少年らしい僕なりの生き方で……必ず。 

「ほら、お互い銃を捨てようよ」 

 僕はそう呼びかけた。 
 相手はどこかのお姫様らしい。 
 だが、どこぞのお姫様は銃を手放そうとせず、首を横に振った。 
 こいつも僕を、信用しない。 
 恐怖から声を出せないらしく、首を振るだけだ。 
 僕はこれからどうするべきか、策を練りながら声を掛けた。 
 これからはもう何も信じられない。 
 信じるべき物は『己の勝利』だけ、だ。 
 状況は平行線をひたすら辿っていた。 
 白雪姫と狼少年は互いに銃を向け、じっとしている。 
 先ほどから狼少年が声を掛けているのだが、応じようとする意思は返ってこない。 
 白雪姫は恐怖で動けない。 
 それは狼少年にも薄々と感じていた。 
 だが、何故か狼少年は手を出そうとしない。 
 下手に手を出せば手痛い反撃にあう恐れがあると考えているのか。 
 時間だけが流れていく。 
 まだ、平行線は破られない。 

 そんな破られない平行線を破ったのは、やはり狼少年だった。 
 銃を捨て、上の服を脱ぎ、武器のないことを示した後。 
「ほら、武器を捨てた。もう武器はない。だから、きみも……」 
 服をその場に捨て、銃は両者の間に捨てる。 
 白雪姫はしばらく狼少年と銃に視線を行ったり来たりしながら、ゆっくりと口を開いた。 
「わ、わかりました。これで、いいですよね」 
 よかった、この人は信用できる人――白雪姫はそう思った。 
 だからこそ、銃を、さきほど狼少年が捨てた銃に被せるように捨てたのだ。 
 だが次の瞬間、狼少年は走り出した。 
 罠と気付いた白雪姫も大地を蹴る。 
 狼少年が手を伸ばし、飛ぶ、 
 白雪姫と狼少年の身体が交差する。 
 狼少年の捨てた銃を白雪姫が、白雪姫の捨てた銃を狼少年が、それぞれ手に取った。 
 再び、互いの銃が互いに向けられる。 
 平行線は再び引かれた。 
 だが、狼少年は勝利を確信したように笑う。 
 再び恐怖に囚われた白雪姫が、がむしゃらに銃を撃った。 
 撃ってしまった銃の反動が白雪姫を正気に戻す。 
 そこで白雪姫の視界に映るのは狼少年の身体に広がる鮮血の赤。 
 信じられない、といった目つきでこちらを見る狼少年に白雪姫は動揺を隠せない。 

 私は、人を、殺した。 

 思考がその短文で埋め尽くされる。 
 膝をついてゆっくりと崩れ去る少年を見届けながら、白雪姫の思考は今後の行動を考え出していた。 
 人を殺した。私は殺人鬼だ。殺人鬼は人を殺すしかない。 
 殺人鬼である私が生き残るには殺すしか――思考が止まらない。 
 もう冷静ではいられなかった。 
 間違いとはいえ、人を殺した。殺したくなかったのに。 
 人を殺した―違う―私は殺人鬼だ―嘘だ―人を殺した人間を殺人鬼と言う―煩い― 
 自己を責める心と、否定したい心がぶつかり合う。 
 私は、人を殺した――やめて! 
 白雪姫は膝をついて、崩れた。 
 外傷はない。 
 だけど壊れてしまったように、ただ白雪姫は泣きつづける。 
 殺すつもりはなかった、でも殺した、でも殺すつもりはなかった――――…… 
 白雪姫の思考が永遠に空回りし続けた。 
「全て、嘘よ……!」 
 白雪姫の否定の叫びに、返って来るはずのない返事が耳に届いた。 


「ああ、嘘だ」 
 ほとんど無音の銃声が響く。 
 倒れていたはずの少年が銃を構えて、白雪姫の背後に立っていた。 
 白雪姫は地面に倒れながら、疑問を口にする。 
「…え? どう、して」 
 白雪姫が信じられない、と言った様子で少年を見つめた。 
 少年は薄く笑い、もう一発撃つと、白雪姫の銃を奪ってから説明する。 
 銃を白雪姫の見える大木へと向け、一発撃つ。 
 大木は赤く、赤く染まった。 
「ペイントガンっていうらしいんだ。殺傷力は無いから、僕は死なないよ」 
 それを聞いて、白雪姫は安堵の溜息を吐く。 
 もうじき、死ぬ。 
 死ぬ前に相手を殺していないと分かってよかった。 
「それより、さ。教えてよ。なんか嬉しそうに見えるよ?」 
 やっぱり私は人を殺していなかった。それが分かっただけでも――――…… 
 白雪姫のその言葉は少年に伝わる前に消えた。 
「おねーさん? ……死んだの?」 
 息をしていないことを確認すると、静かに少年は立ち上がった。 
 ここからが、狼少年としての、生き残り方だ。 
 城でのことを思い浮かべながら、赤で染まる体を服で隠した。 
 注目を集めていた人間の横にいた妖精を思い出して、思いっきり息を吸う。 


「妖精が人を殺してるーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」 

 全力で叫びながら、南へと駆け抜ける。 
 皆、疑心暗鬼になって自滅すればいいんだ、と少年はつぶやいた。 
 あの妖精を選んだ理由は一つ。人間以外なら、誰でもよかった。 
 人間以外ならば、殺す罪悪も薄れるのだから。 

「ふん……あの妖精、悪だったのか」 
 狼少年の叫びを聞きながら、桃太郎は呟いた。 
 城でのことを思い出す。 
 ティンク、と言う名で呼ばれていた妖精だ。 
 付近にいた桃太郎はよく覚えている。 

「悪はやっぱり、狩らない訳にはいかないな」 

 悪は狩る。鬼も狩ったこの俺に狩れない悪はない。 
 ふと思い出す。鬼が棲む島での『武勇伝』を。 
 ――我、桃太郎。鬼の頭討ち取ったりっ 
 ――まだいたかっ! 鬼共、おまえもこうなりたいか? 
 あれは我ながらあっぱれだと思う。 
 あれだけの悪はそうはいない。 
 最後に降参した鬼がいたことも思い出す。 
 その目には「どうしてこんな目に」という心が映し出されていた。 
 教えてやる。鬼、それ自体が悪なのだ。 
 例え罪のない偽悪だとしても、鬼の存在は必要悪だ。 
 鬼という共通の敵があって初めて、人同士の争いはなくなる。 
 そして狩る。鬼という共通の敵をもって人が一つに統一され、鬼を殺して大団円を迎える。 
 悪を狩るということで、人々が幸せになるのだ。 
 1メートル強の黒い大鎌を構え、南へと向かう。 
「待ってろ、ティンク……貴様の罪は、我が大鎌で裁いてやる」 
 悪は一つ残らず狩る。 
 だが、悪ではない者は殺さない。 
 その一線を超えてしまえば、俺はただの殺人鬼となってしまうのだから。 

【C-6/森】 
【桃太郎】装備:黒い大鎌(1m強)支給品その他 
【狼少年】装備:ペイントガン(赤) 銃(サイレンサー) 
【白雪姫:死亡】残り39人 

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