鬼の生き方




 俺にとってのあの鬼ヶ島での最後の記憶は畑を耕しているところだった気がする。 
 桃太郎が俺の住んでいた島に現れ、俺の親父や母さんを殺した。 
 理由は、あったのだろうか。 
 俺たち鬼は、近づけば人間達が怖がることを知っていた。嫌われていることを知っていたからこそ、 
 あの辺境の島である鬼ヶ島に隠遁するように暮らしてきた。もちろん、人間達から物を奪おうなどとはしなかった。 
 しかし村人たちは勝手に怖がり、宝物や食べ物を定期的に運んでくるのだ。 
 返そうにも置いてすぐ逃げるために話にはならなかった。 
 一度など、若い娘を連れてきたので、そのときはそんなものはいらんと親父達が起こった振りをして人間達に突き返した。 
 確かに自分たちは人間達より力も強く、この頭に生えた角は恐怖の象徴だ。 
 仕方ない。仲良くなりたいなどと無理は言わない。平穏であれば俺たちはそれでいいと思っていたのだ。 
 仲間達と遊び、糧を得、生活する。 
 ただ、それだけが、それだけが欲しかった……。 

 集落にまず火の手が上がった。 
 向かいの家の叔父さん達が手に武器を取って走った。 
 空気が熱かった。それは気温的な物と雰囲気的なもの両方だったように思える。 
 怒声と罵声が聞こえ、悲鳴までが混じる。 
 血の臭いが、人を超えたその鼻ではなくても感じることが出来るくらいに漂う。 
「おまえは奥に隠れていろっ」 
 親父の声が飛んだ。 
「でも、親父」 
 そう言った刹那、頬に激痛が走る。 
「生意気言ってるんじゃねーよ。これからこの島を引っ張っていくのはおまえだろうが。その場の感情に流されるんじゃないっ」 
 親父の拳は、今までにないくらい痛かった。 
 今まで、何度も、俺が道を誤りかけたとき、殴られたはずなのに。 
「島のこと、頼んだぞ。勇鬼」 
 そう言って親父は金棒を手に外に出て行く。 
 その後ろ姿は、今までに見たどの親父よりも、格好良かった。 
 だが、それ以上に、これが親父の最期の後ろ姿だということをなんとなく俺は感じていた。 

 数刻が経った頃だろうか。避難した鬼達が、隠れた洞窟からは戦の気配が感じられなくなった。 
 一番戦える鬼である。俺と、そして同年代の鬼達とで外を見回る。 
 正直に言うと、外に出たくなかった。予感はしていたから。 
 ずっと、ずっと永遠にこの洞窟で外を見ずにいられればいいと思った。 
 でも、それは親父を裏切ることになるから出来なかった。 
 外は真っ赤だった。 
 血。血。血。血。血。血。血。血。血。 
 そして、 

 親父の亡骸。 

「我、桃太郎。鬼の頭討ち取ったりっ!」 
 煌びやかな和装の青年が親父の首を持って叫んだ。周りの犬、猿、雉が歓声を挙げる。 
 親父の顔は、満足気だった。 
 どうして、どうしてだよ親父。殺されてるのに、殺されてるのに……。 
「まだいたかっ! 鬼共、おまえもこうなりたいか?」 
 振り上げられる親父。 
 同時に桃太郎の足下の金棒に目が止まる。幾重にも刀の後が残り、血の跡が生々しい。 
 ――こんなときにも、殺さないようにしてたのかよ。 
 戦闘不能にしようとした者と、初めから殺す気で来た者。その差は大きい。 
「いえ、降参です。どうか今までの宝物を返しますから命だけは助けてください」 
 俺と仲間は桃太郎に平伏した。洞窟の中の話し合いで既に決まっていた。 
 どうせいりもしないのに持ってこられた宝物。返してこれ以上殺戮が済めばいいと。 
 これ以上無用な戦いはしたくないと。 
 頭なんか下げたくなかった。俺たちを鬼というだけでここまで駆逐する桃太郎達に。 
 だが、親父が言ったのだ。島のことを頼むと。 
 それならば俺はいくらだって頭を下げよう。俺は、この時より島の鬼達を背負った族長なのだから。 
 そして復讐は何も生まないこともまた親父が俺に教えてくれたことだ。 
「そこまで言うなら仕方ない、これからは悔い改めるんだな」 
 そう言って、桃太郎の殺戮は終わりを迎えた。 
 鬼達に多大な悲しみを残して。 

 そして島の再興の畑作りをしていたときにこの島に呼び出されたのだ。 
 雪の女王と言ったか。 
 あの女の絶対零度の言葉が頭をよぎる。あの女も、俺と同じような人外なのだろうな。 
 あの城の中、匂いが同じ側の異形の者だと俺に告げた。 

 俺は今叢の中、座れそうな切り株で袋に入っていたスパス12を持ち考えを巡らせていた。 
 既に説明書に書かれていた物を読み、これは銃と言い、散弾というものを広範囲に撃てるということを理解していた。 
 余談であるが、この銃は威力に伴う重量が弱点である。 
 しかし勇鬼はそれを苦もなく振り回せる力を持っていた。これはある意味行幸と言えよう。 
「40人しか生き残れない……か」 
 そうきっとあの女の言っていたことは割と本当のことなのだろう。 
 朝焼けの淡い光に照らされ、曇光を返す首輪。それが俺の首にガッチリと着いている。 
 触ってみる。ひやりと冷たい。壊すことは、可能だが爆死するだろう。無理だ。これを外す手段は思いもつかない。 
 そもそもあの女の力を見た限りで考えるならあの場にいた40数人を一度にあの城に呼び寄せ、 
 挙げ句に島の各所に飛ばしたことになる。呪法を使うのかもしれない。 
 そしてこの銃。こんなもの見たこともない。一体あの女は何者だろう。 
 逃げることは原則不可能……。 
 俺はどうするか……保留だ。 
 とりあえず行く末を見守ろう。状況を読みつつ行動していけばそのうちに道も開けるはずだ。 
 今の俺にはあの女の言うことを聞くのも、逆らうのも選べない。 
 情報が少なすぎる。 
 とりあえずこの叢で隠れて様子を見よう。幸い周りは長い草で囲まれていて座っていれば周りからは見えない。 
 そう思い、息をつく。 
 と、草の擦れる音が響いた。 
「誰だ!?」 
 とっさにスパス12を音の方向に構える。 
 緑の茂みを覆うのは、静寂のみ。 
 銃口の先に生物の気配はない。 
「風か」 
 銃を傍らに置く。どうやら神経が少し過敏になっているようだ。そのとき思いつく。 
 ――殺し合いをする気がなくても、今の俺みたいに誤って怪我させてしまったり殺してしまうこともあるんじゃないのか? 
  
 彼の予想は正しい。そのようなことがこの島で幾度起こるか。それはこの島を見つめる浅く残る月と顔を出し始めた太陽だけが知ることになる。 

【鬼(勇鬼): 
 所持品:スパス12(ポンプ式ショットガン) 支給品一式 
 :現在地 I-3状態:健康】 


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