転ばないように




どれだけ、茂みの中でじっとしていたのだろう。 
 今までのような、風の音などに過剰反応しすぎた誤認ではない。今度こそ、間違いなくすぐそばに誰かがいる。 
 こっちからはまだ、相手の姿は見えない。 
 相手がこっちに気付いているとしたら・・・? 
 勇鬼は銃を握り締める。いつかはこういう局面にぶつかると覚悟していたが、実際に撃つかどうかという場面になると、そうすぐには心が決まらない。その誰かは、どうやらそこで動かずじっとしている。こちらの姿は見えているのか。  
 「・・・・・・そこに、誰かいるのか?」 
 声をかけてみた。危険な行為だったかもしれない。相手が飛び道具を持っていれば非常に不利だ。例えば自分が今手にしているような、銃という武器を持っているものが他にいないとは限らない。が、一度声を出してしまった以上仕方が無い。 
 すると、茂みの向こうから意外な内容の返事があった。 
 「わたしは、あなたを傷つけるつもりなどありません。ですから、あなたも私に対して敵意を向けないで下さい」 
 若い娘の声だった。 
 罠か?とも思った。何しろ人間には散々な目に遭わされているのだ。信用が出来なくて当然である。 
 が、その声からはまったく邪気が無いように感じられた。あまりにも素直で、相手に全面的な信頼を置いているような言葉。 
 (不思議なものだな・・・・・・この人間は、疑えない) 
 勇鬼自身にとっても不思議なことだったが、そうとしか言いようがなかった。 
 ここは一つ、相手に乗ってやるのも一興か、と、勇鬼は銃を仕舞うと、茂みから立ち上がった。 
 そこにいたのは、髪に大きなリボンをつけた、利発そうな少女だった。 
 「どうも失礼をいたしました。知らない人だったものですから、声をおかけしていいものかどうか迷ってしまって・・・・・・」 
 その言葉に驚かされる。こんな状況に置かれているのだ、すぐに逃げ出してもよかっただろうに。 
 「あなたは優しい方のようですね。安心いたしました。なにしろ私、身を守れるようなものも持っていなくて、一人でどうすればいいのかと途方にくれていましたから。あの、一つお願いがあるのですが・・・・・・どうか、私とご一緒してくれませんか?」 
 「お前・・・・・・俺を信用してくれるのか?」 
 「あなたは私を信用してくれました。だから、私も信じたいと思います」 
 「しかし・・・・・・俺は、見てのとおりの鬼だぞ。人間でないどころか、鬼そのものだ。そんな俺を、どうして、一目で信じるというんだ」 
 すると少女は当然のように答えた。 

 「だって、外見など、その人の心の美しさには何の関係も無いではないですか」 

 少女は、すでに知っているのだ。 
 綺麗な服を着たり、綺麗な靴を履いたりして自分の外見を美しく見せようとすることの、どれだけ無意味なことか。綺麗なものを手に入れたいという欲望に焦がれたことで、自分は何を失ったか。その先に、どんな幸せがあるというのか。 
 真に醜いものとはあの頃の自分。それに比べれば、目の前にいる角を生やした巨漢の男の、どこが醜いというのか。その目は誠意に満ちているではないか。 
 「ふん・・・・・・」 
 勇鬼は、返す言葉がすぐには見つからなかった。 
 「大したことを言う奴だな・・・・・・だがな、そんな奴が世のなかでは一番先に食い尽くされるんだ。気をつけとけ」 
 「はあ・・・・・・」 
 「この島でも同じだ。見知らぬ人をほいほい信じるようじゃあ、あっという間にお陀仏だぞ」 
 「でも、私はあなたを信じますよ。あなたはきっと、正しい心をお持ちなのだと思いますから」 
 「ふん。男を見る目も養っとけ。お前は美人だしな」 
 勇鬼はそう言うと、銃を服の中に仕舞った。 
 「俺は勇鬼という」 
 「私は、カーレンと申します」 
 自己紹介というのは、これから協力していく上での基本事項だ。 


 「そういや、あんたの武器はなんなんだ?さっき、ろくなもんじゃなかったみたいなことを言ってたが」 
 一通りの簡単な自己紹介を終えた後、勇鬼が尋ねた。 
 「それが・・・これなんです」 
 そう言ってカーレンが袋の中から取り出した紙束の一ページ目には、 
 『支給品及び初期所持者全リスト』 
 と書かれていた。 
「こいつは・・・・・・」 
 勇鬼が、その太い指で破ってしまわないように注意しながらページをめくると、そこには今この島にいる者が持っている全ての武器の情報(使用法・場合によっては弱点まで含む)、さらにはゲーム開始時点で、誰がそれらの武器を持っているのかまでが克明に記されていた。 
 「なるほどなあ。こいつは、確かに下手すりゃあ唯の紙くずだ」 
 勇鬼は顎に手を当てて考え込んだ。 
 「しかし、上手いこと使えばかなり役に立つんじゃないか?例えば、あらかじめ相手の持ってる武器を知っていれば、裏をかいたり・・・・・・」 
 「そ、そんなことはあんまりしたくないです」 
 「あいや、わかっている。そりゃああくまでも、自分の身を守るための話だ。相手から喧嘩を売ってきたら、そうするしかないからな」 
 カーレンとしては、出来ればそのようなことも避けたかったのだが、真面目に自分たちの生き延びる方法を考えてくれている勇鬼に悪いと思って言い出せなかった。 
 「これはあくまでも、そういう時に備えて使う。それに加えて、この銃という武器があれば結構なんとかなるかもしれねえ」 
 勇鬼はカーレンを元気付けるつもりでそう言うと、 
 「大事に持っていろよ」 
 と、カーレンの袋にそれを入れなおした。 
 「さて、そろそろ動いてみんと何も始まらんかもしれんな」 
 「はい」 
 勇鬼とカーレンは立ち上がり、それぞれの袋を持って北へと向かって歩き出した。 
 今のところ、ただ自分たちが生き延びるためだけの協力関係で、何か目標があるわけではない。おまけに、味方についたのは華奢な若い娘だ。 
 それでも、勇鬼には、なにか一筋の光が見えたような気がした。 

【I―3/獣道】 
【鬼(勇鬼)@桃太郎】 
 [装備]支給品一式、スパス12(ポンプ式ショットガン) 
 [状態]健康 
 [方針]生存優先(他者への攻撃には中立) 
【I―3/獣道】 
【カーレン@赤い靴】 
 [装備]支給品一式、支給品及び初期所持者全リスト 
 [状態]健康 
 [方針]生存優先(他者への攻撃には消極的) 


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